たった今もらったものを、すぐさま床に叩きつけたくなった。


「待て、デザインへの不満は分かるが早まるな」
「分かってくれるなら止めないで下さい。あと、別に見てくれなんてどうでもいいです」
「いずれにしても局の経費を無駄にするのはやめろ」
「こんなのにお金かけるくらいだったら、さっさと第2法廷の暖房直して下さいよ」
「部品の取り寄せが難航しているのだ。しばらくは厚着でしのいでくれ」
「ていうか何で私ばっかり第2法廷で公判なんですか。寒がりなんですよ、冬はこたつで丸くなってたいんですよ」
「猫か」


律儀なツッコミを入れられたのが悔しかったのか、無言で振りかぶる柊を、御剣はとりあえず止めた。そしてため息をつく。


「…比良城。そんなに受賞が不満かね」
「局長には申し訳ないですが、そりゃあもう」
「確かに、その盾の見た目には私も言い募りたいことが大いにある。『検事・オブ・ザ・イヤー』などというふざけたネーミングについても、近々警察局長に進言しようと思っていた」
「局長って雑務が多くて大変ですね。うらやましいことで」
「だが、賞の内容はその年度で最も優秀な検事を称えるものだ。君は、検事局と警察局両方から能力を認められたことになる」


言われて、柊は手元の盾を見下ろした。ブロンズ製の盾と矛、それに大きく「K」の字。ぶっちゃけデザインも気に入らないが、柊が暴挙に出ようとしている理由は別にある。


「理由は、私の受賞は誰かさんが辞退したから、ですよ」


今年度の「検事・オブ・ザ・イヤー」受賞者は本来、夕神迅検事だった。しかし彼はそれを辞退したそうだ。その結果、柊になった。刑事たちがそう噂しているのを、柊は聞いてしまったのだ。


「私だって、今年はあの人だと思ってました。でも、辞退したからってじゃあこっちにしよう、みたいな受賞の仕方はごめんです」


夕神はこの1年ないし7年、表彰されても然るべきと言われるようなことをしてきた。彼の受賞自体に文句なんて欠片もない。むしろ自分のことみたいに嬉しいくらいだ。でも、こんな風に代わりにされるのは気分が悪い。はっきりそう伝えると、上司はちょっと黙って柊の顔を見つめてから―――ふっ、と笑った。


「裏付け調査をしていないとは、君らしくもないな」
「…どういうことでしょう」


若き局長は、眼鏡をちょっと押し上げた。


「先日の警察局長との話し合いでは、確かに夕神の名が挙がった。警察局長の意見は、彼しかいないとのことだったな」
「まぁそうでしょうね」
「しかし、私はそこで頷いた覚えはない」


意外な一言だった。柊は無言で先を促す。


「表彰されるのは検事だ。最終決定権は私にあるのだよ」
「なにその独裁的な言い方」
「その表現は遺憾だが。…ともかく、私は最初から君に決めていた」


…初耳だ。刑事たちや局長本人は、そんなこと一言も―――


「刑事たちが勝手に言っていたことだ。…それに、先に言ってしまっては意味がないではないか」


なんというサプライズ精神。いかにも仕事人間という具合の御剣にそんな精神が存在していたことに、柊は驚くというか、なんというか。


「この7年、君はずっと協力してくれていただろう。UR-1号事件および『亡霊』の調査、成歩堂の弁護士資格再取得、そして夕神の検事への復帰。ここ1年では彼が法廷に立ち続けられるよう尽力してくれた」
「…自分で選んでやってたことですし。別に表彰とかしなくても…」
「分かっている。しかしな、比良城。私は君に感謝しているんだ。生憎、気の利いた言い回しはできないが…とにかく、君は十分すぎるほど貢献した。局長の権利を使うようだが、それでも私は、どうしても君に礼が言いたいのだよ」


なら口頭で言えばいいじゃない、とはさすがに言わなかった。…言いたかったが。


「…というわけだ。今年の受賞者は君をおいていない。…これで納得できたかね?」


納得はした。やっぱり局長は厄介な人物ということだ。……けれど。


「…お話は分かりました。勝手に勘違いしてすみません」
「謝ることはない」
「でも、やっぱり受賞は不満です」
「…何故だ?」
「海外研修。…何で行かなきゃならないんですか」


そう。今年度の「検事・オブ・ザ・イヤー」は、副賞として3ヶ月の海外研修の機会が与えられることになっていた。旅費や宿泊先、その他研修に関する費用は全額検事局と警察局で負担してくれるらしい。それはいいとして、何故に海外なんだ。しかも3ヶ月。柊の答えが意外だったのか、御剣は若干訝しげである。


「他国の司法制度を学ぶいい機会ではないか」
「私、日本から出て暮らすつもりありませんから」
「英語ができない中学生の言い訳か」


そう言われてもしょうがない。それでも、嫌なものは嫌なのだ。駄々をこねるような年齢でもないのだが。


「もしや、飛行機が苦手なのか?」
「はい?」
「そういうことなら、ファーストクラスの一番揺れが少ない席と、社内随一のパイロットを手配する。安心したまえ」


社内…って、御剣が海外に行くときいつも利用している「ゴーユーエアライン」か。そこまでしてくれなくても――ていうか地方検事局の局長にそんな権限があるのか――柊は別に飛行機が苦手なわけではない。…しかしここまで嫌だと言っておいて、本当の理由を言っていいのかどうか躊躇する。だって、ものすごく私的な内容だから。


「…それって、私しか行かないんですか?」
「経費の問題で枠はひとりだ」


デスヨネー。そう言われると思ってました。これは、もうどうしようもないらしい。


「……分かりました。局長のご厚意に甘えて、研修行ってきます」
「何だかトゲのある言い方だが…了解した。行ってこい」


詳しくは、授賞式が終わってから説明する。そう言う局長に了承の意を示し、柊は局長室を辞した。


「………」


結局行くことになってしまった、海外研修。


「…3ヶ月、かぁ」


それだけの期間があれば、春は夏になるし、幼稚園児は小学生に上がる。…長い。そう感じた。ため息をつきながら自分の執務室へ向けて歩き出すと、後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには全体的に黒い服装で長身の男性が立っている。


「柊?」


件の受賞者候補、夕神迅。彼は、たまたま通りかかった局長室から、げんなりした様子で出てきた恋人の顔を、不思議な顔で眺めていた。


「珍しく説教でも頂戴したかい」
「……迅さん」


返事をせず、彼女はツカツカ彼に歩み寄った。そして、どん、と彼の胸に額をぶつける。


「…おい、」


彼らの関係は周知の事実だけど、さすがに職場でこんなところを見られるのはまずい。ちゃんとその辺りを分かっている彼女だが、そのままの姿勢で大きくため息を吐いた。それからぱっと離れる。


「迅さん。帰ろう」
「あ?」
「さっさと帰ろう」


鍋食べたいね、スーパー寄ってこうよ。ため息を吐いていた様子と一転して明るく言い、彼女は踵を返す。


「もう上がれる?」


聞かれて、頷く。己の業務が終わったので、彼女に声をかけに行こうと思っていたところだった。すると彼女は嬉しそうに笑った。


「じゃ、荷物とってくるから下で待っててー」


はいよ、と返事を返すと、彼女はぱたぱたと小走りで去っていった。何でため息なんか吐いていたのか、局長に何を言われたのかは後で聞くことにして、夕神も自分の執務室へ引き返した。






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