アメリカ在住とはいえ元々日本人だからか、友人の箸使いは上手かった。 「どう?」 向いに座った柊に尋ねられ、冥は少し目を上げてすぐにそらした。 「…悪くはないわ」 「そっか。良かった」 安心したように柊が笑う。2人は現在、冥の自宅のダイニングで夕食をとっていた。 3ヶ月に及んだ研修は、昨日滞りなく終了した。開始時と比べると、学生たちはかなり成長したと思えるし、講師として呼ばれていた柊たち現職検事も人に物を教えることを通じて学んだことは多かった。総合的に、非常に有意義な時間を過ごせたといえる。研修終了後、学生も含めた参加者全員で、近くの有名ラーメン店に行った。日本人が経営している店で、数年前に開店して以来大人気なのだそうだ。最近、お祝い事といったらラーメンだなぁと思いつつ、柊は味噌ラーメンをすすった。 その後は大人組だけでバーに繰り出し、お酒を飲んだ。学生時代はずっとバーでアルバイトをしていた柊なので、昔を思い出して懐かしい気持ちに浸ったりした。また、話の流れで恋人の存在を尋ねられた際に、帰国したら結婚する予定だと言ったら、その店で一番高いワインを開けられた。自由の国の検事は、財布の紐もフリーダムなんだなぁと思いつつ、ありがたくワインを頂戴した。それから数時間アルコール片手におしゃべりに花を咲かせ、柊が冥以外のメンバーとの飲み比べ対決に圧勝したところで、お開きとなった。 そして翌日、つまりは柊が帰国する前日のこの日、今までお世話になったお礼と称して柊が夕食を作ったのだった。朝早い便に乗るので、2人でとる食事はこれが最後である。 「アメリカ暮らし長いみたいだから、和食口に合うか心配だったんだよねー」 そんなことを言いながら、柊は煮物に箸をつけた。生来素直に人を褒められない性分の冥なので言わなかったが、柊が作った料理はとても美味しかった。研修初日に、大学へ向かう車内でかけていた電話の中で、料理云々という話をしていたのを思い出す。 「諸事適当に生きている人間にしては、まあまあの出来よ」 「はいはい、ツンデレ乙です」 からかうように言う柊を睨みはしたが、冥の手は止まらなかった。それからしばらく、いつものように雑談なんかしながら食事をした。すると、不意に冥が話を向けた。 「…ところで、先日のあれは何なの」 「あれ?」 「あなたがふぬけていた時の話よ」 「ああ、それね」 数週間前に柊がいきなり恋人にプロポーズした一件のことだ。 「何故、突然あんなことを言ったの」 それまで微妙な関係だったのではなかったか。それに対し、当の本人は少しだけはにかむように笑った。 「それね、自分でも分かんないんだよねぇ」 「…どういうことなの」 言った本人が分からないものを、冥に察することなどできるはずもない。彼女にまともな返答を期待した己が間違いだったか、と食事に戻ろうとする冥に、柊はゆっくりと言った。 「とにかく、ずっと一緒にいたいのは本当だよ。結婚はそのための手段のひとつ」 「よう恥ずかしげもなく言えるわね」 「だってほんとにそう思うんだもん」 唇を尖らせて言うと、いい年をして何をやっているのと冷たく返された。 「そもそも、返事は聞いたの?」 「うん?」 「夕神迅からの返事よ。あなた、言いたいことだけ言って通話切ったじゃない」 「……あ」 「…呆れた」 うっかりしていただけなのか、それともわざとなのか。柊は箸を止めて間の抜けた顔をしていた。 「ねぇ冥、これで断られたら、私相当カッコ悪いよね」 「日本にもアメリカにもいられなくなるわね」 だよねぇ、と箸で揚げ出し豆腐を切る。彼女の得意料理のひとつだった。 「ま、多分大丈夫だと思うけど」 「その自信はどこから来るの?」 「どこからともなくだよ」 そんな風に嘯いて笑っている。それ以上突っ込むことはせず、冥は肉じゃがに意識を戻した。 「ふられたら盛大に笑ってあげるわ」 「うん、お願いします」 明るく冗談を言って、ふと柊の目が細くなった。 「…冥、ありがとね」 「…なによ、突然」 「色々だよ。ひとつひとつ挙げてこうか?」 「けっこうよ」 「あら残念」 あははと柊が声を立て、優しく微笑んだ。 「日本に帰ってもたまに電話するからね」 「電話に出る保証はしないわよ。私はあなたと違って暇ではないの」 「そんなこと言って、ちゃんと出てくれるくせに」 からかように言うと、冥は「ふん」と鼻先であしらった。しかし、表情は冷たいものではなく、不思議なものだった。 「……柊」 「ん?」 「結婚式の日取りが決まったら教えなさい」 「…私と違って忙しいんじゃないの?」 蒸し返してくる友人に、「おだまり」とぴしゃりと言った。この3ヶ月、こんな風に過ごしてきた。…もう3ヶ月も経ったのか。珍しく感傷的な気分になりそうで、冥は豆腐を口に含んだ。 とても、美味しかった。 ―――――――――― 冥ちゃんとのファイナルイチャコラ。 |