「いいんじゃない、別に」
「真面目に聞けよ」


姉の、いかにもどうでも良さそうな返答に、夕神は不機嫌に言った。現在位置、面会室。昨日、恋人からの不意打ちプロポーズのあと、彼はとりあえず姉に相談することにした。柊にプロポーズされたわけだが、と話す弟に対し姉は至って表情を変えず、冒頭のような反応を返したのだった。


「聞いてるわよ。結婚でも離婚でも勝手にしたら?」


結婚する前から別れる話など縁起が悪いにもほどがある。しかしこの姉は、そんなことを気にするような殊勝な女性ではない。夕神も「おめでとう」とか「幸せになってね」とか、そんな言葉を期待していたわけでは決してないのだが。ここまで投げやりに言われると文句のひとつも言いたくなるというものだ。


「ていうか、今更って感じよね。むしろまだしてなかったの?」


そんな風に思っていたのか。かぐやにとって柊は弟を有罪にした人物であり、彼女が法曹界に強い不信感を持つ原因にもなった人物だ。けれど、この7年間で独自に事件を調べていたかぐやに情報を流したりしているうち、少しは柊への認識が変わっていったのだった。それでも素直ではないかぐやなので、あからさまに柊と仲良しこよしという具合にはいかないようだけれど。


「そもそも、何で私に相談しにきたわけ?背中押してくれるとでも思った?バカなの?バカなのね」
「うるせェな」
「あんたもいい年だし、今逃したら後ないかもね。それに、あんたと結婚したいなんていう変わり者、あの子くらいでしょ」


興味なさげに頬杖をついている。相も変わらぬ毒の吐きようだ。思わず姉に相談したのが間違いだったか。もっと親身に聞いてくれる相手にすれば良かった。…と、そこで彼の周囲でこの手の話を真面目に聞いてくれる人物を思い浮かべ―――られなかった。まず姉はこの通り。次に御剣。こちらは、昨日「やれやれ」といった表情で、


「7年も待たせたのだ。いい加減腹をくくるといい」


などと言ってくれた。待ってたのはあいつの勝手だ、と心にも思っていないことがノドまで出かかったが、何とか飲み込んだ。次になんでも事務所の弁護士組。心音は多分号泣する。それはそれで師匠に申し訳ない気分になってしまう。一番まともなのは成歩堂と王泥喜だと思われるが、成歩堂はともかく王泥喜には何となく言いたくない。そんな風にぐるぐると思考を展開できずにいると、かぐやが物珍しそうに弟の顔を覗き込んだ。


「なに?迅、あんたもしかしてアレ?」
「何だよ」


不機嫌な声を返してくる弟の目の前で、姉はこの上なく楽しそうな顔をしていた。


「マリッジブルー、ってやつ?」
「…あ?」
「ほら、この人とホントに結婚していいのかなーとか悩むやつ。うっわぁ、似合わなーい」


俄然面白くなってきたらしい姉は、あははは、と笑いながら机を叩く。かぐやは楽しそうだが、弟は面白くない。


「…笑い事じゃねェだろ」
「十分笑えるよ。だって、あれだよ?迅がマリッジブルーだよ?あはははは、もうお腹痛い、似合わな過ぎー」
「…姉貴」


よほどツボに入ったのか、涙まで流し始めた。それに反比例して弟の機嫌は下降していく。そのうち、堪忍袋の緒が切れたのか、夕神が椅子から立ち上がった。


「もういい。姉貴に話した俺がバカだった」
「分かってるじゃない」


そんな風にあっさり返してから、姉は部屋を出て行こうとする弟を呼び止めた。


「ま、もう一回考えてみればいいんじゃない?あの子のこと」
「……」
「あと、誰に相談したところで反対意見なんて出てこないわよ。諦めなさい」


何故分かるのだろう。すると姉は、ようやく波が収まってきたらしく指先で目尻をぬぐいながら言った。


「だって、あんたはあの子がいないとまるでダメだもの」


昔からそうよね、という姉の言葉に、弟は何も返せなかった。



* * * * *



その後、家に帰る道すがら携帯を見ると、彼女から『ゼクスィー買っといて』と結婚情報誌を要求するメールが届いていた。携帯をしまって目を上げると、狙いすましたように前方に書店があった。レジの女性店員がにっこり笑って「おめでとうございます」と祝いの言葉をかけてくれた。店員の気遣いに言葉少なく返し、今度は市役所に向かった。駐車場で車のエンジンを切り、ちょっと考えた。途中で何の気なしに助手席を見やる。すると、さっき買ったばかりの情報誌が目に入った。中をパラパラとめくってみたので、書店の袋から出されている。内容は、何というか彼にはよく分からないものばかりだった。多分、彼女に見せた方が手っ取り早いのだろう。
表紙のモデルが着ているウェディングドレスに何となく見覚えがあると思えば、以前この情報誌のCMを見た彼女が「このドレス、好きだなぁ」と言っていたものだった。


「………」


個人的には白無垢とか打掛もいいと思うんだが、と心の中で呟きながらキーを抜く。まぁ、彼女は何でも似合いそうだからいいか。バタンと車のドアを閉め、役所の入り口に足を向けた。



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夕神さんがゼク○ィ買ってる様子想像したら、明日も頑張れる気がしてきました。




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