「…うん。お前に言われなくても分かってるよ。……っるさいなぁ、分かったから先始めてて。…それは…悪いと思ってるけど」


ゆっくり開いた瞼の向こう、兄はベッドに腰掛けて携帯を耳に当てていた。…誰と話しているんだろう。


「後でちゃんと行くからさ。…うん。…え?…そうだねぇ、なんか今日は起きそうな気がするんだ」
「もう起きてるけど」
「っ…!?」


なんの前触れもなく背中に声をかけると、びくんと面白いくらい肩が跳ねた。取り落としそうになった携帯を慌てて持ち直し、兄が振り返る。


「…美蓉?」
「早上好、兄さん」


力の入らない手を持ち上げ、ひらっと振ってみせる。兄は少しの間呆けた顔をしていたが、やがてほろほろと崩れるように破顔した。


「…おそようだよ、バカ」
「具体的には何年くらい?」
「五百年」


そんなに?それはまさしく、おそようだ。


「最長記録樹立しちゃったよ、もう」
「あんまり嬉しくないね…みんなは?」


同じく神である兄は別として、他のみんなはまだ生きているんだろうか。桃くんにお香ちゃん、桃くんブラザーズ、チップとデールに―――そして。
すると、兄は軽く頷いた。


「うん、みんな元気。一部なんて元気過ぎて腹立つくらいだよ」


“あの子”――だろうか。


「そう…良かった」
「頻繁にお前のこと心配して来てくれてさ。ほんと、悪神のくせに友達に恵まれてるよなぁ」
「私の日頃の行いが良いからよ」
「どの口が」


ぷにっと頬をつままれた。痛くはないけど変な顔になるので、こっちもやり返してやった。


「ちょっ、ひゃめろよ」
「うるひゃい、ひょっちこそ」


ふたりしておかしな発音になってしまい、同時に吹き出した。ひとしきり笑い合ってから、ふと兄が目を細めた。さっきまで美蓉の頬をつまんでいた手を開き、今度は手のひらを当てる。彼女の顔は、彼の大きな手ですっぽりと包めてしまうくらい小さい。


「…おはよう、美蓉」
「うん。…おはよう、白澤」


頬に添えられた手に、美蓉は自分の手を重ねた。やわらかくて、あたたかい。こんな感覚が好ましいだなんて悪神失格と言われればそのとおりだ。でも、それなら私は失格でいい。心の中だけでそう呟いた。


「さすがに起きないかなって思ったよ」
「私が兄さんを置いて逝くわけないでしょ」
「……お前、寝ぼけてんの?」
「当然じゃない。なんせ五百年の爆睡開けよ?もうボッケボケだわ」


くすくすと笑うと兄は「そうかよ」とだけ笑い返し、髪をくしゃくしゃ撫でた。髪が乱れるのは寝起きなので気にしてもしょうがない。大人しく撫でられる妹に、兄はふと手を止めた。


「なぁ美蓉。ちょっと落ち着いたら外出られるか?」
「…うん、力の制御はもう出来ると思うけど。なに?」
「聞いて驚けよー。なんと、」
「もしかして桃くん結婚でもした?」
「……なんで知ってんの?」
「え?」


雰囲気からして、今いるここは部屋として整えられてはいるが、極楽満月の倉庫のようだった。元々ここは兄の弟子が使っていたので、そこに美蓉がいるということは桃太郎はどこか別のところに移ったのだろう。結婚して独立でもしたかな、と当てずっぽうに言ってみたが、どうやら正解だったようだ。


「え、あの桃くんが…けっこん?」
「そんな言い方したらかわいそうだよ」
「相手は?」
「お前もよく知ってる子」


若干面白がるような顔で告げられた名前に、美蓉はもっと驚いた。


「…空蝉、ですって?」
「そ。前にお前がアドレス教えた獏だよ」


確か夢って美味しいのかとかそういう話になって、それなら専門家に聞けばいいと友人である獏・空蝉の連絡先を桃太郎に教えたんだった。


「あの子たち、いつの間にそんな仲に…」
「お前何年寝てたと思ってんの?五百年だよ、いつの間もどこの間もないよ」


仲を深めるには十分過ぎる時間だ。そのとおりだけど、ずっと眠っていた身としては五百年という時間の実感がわかない(ジカンだけに?ハハハ、審議拒否だ)。少し複雑な気分にはなったが、素直に祝福する気持ちの方が大きい。


「で、これを機に新しい店構えることになったんだよ。もう僕が教えられることは全部伝えたしね」


今日はちょうど、新店舗オープン記念とふたりの結婚祝いを兼ねて宴会をする予定なのだそうだ。


「ていうかそろそろ始まってるけどね」
「さっきの電話はそれだったのね」
「……ん?電話…?」


そこで、はたと気付いて白澤が手元を見る。そしてさぁっと青ざめた。妹が起きたことに気を取られて、電話の向こう側のことをすっかり忘れていたらしい。


「やべ…」


兄のその反応から、通話の相手が誰だったか大体想像がついた。恐る恐る携帯を耳に当てる…が、すぐに離した。


「…切れてる」


静かに携帯を置いてしまった兄に、かけ直さなくていいのかと尋ねた。すると兄は、青い顔のままでなぜか声をひそめた。


「手遅れだと思うよ」
「?」


多分、もう着いてる。

兄が呟いた瞬間、店の方から何かが壊れる轟音がした。続いて、


「ごめんください!!」


バリトンの大音声。壁を何枚か隔てているのに、その迫力に思わずふたり揃ってのけぞった。


「白豚バラ肉はご不在ですか!!」
「…あー、もう加工済みだわ。兄さん、諦めなよ」
「ちょっ、少しは助けようとか思わないの!?」
「電話のこと忘れてたのは兄さんでしょ?」
「そんなこと言わずに頼むよ、あいつお前には弱いんだからさぁ」
「しーらない」


取り付く島もなく言って、妹は頭から布団を被ってしまった。それとほぼ同時に倉庫の扉が蹴破られる。蝶番から見事に吹っ飛んでしまった。細かな木屑が舞う中、金棒を肩に担いだ鬼の中の鬼が立っていた。


「…やはりここでしたか」
「…お前さ、ひとん家の設備壊すのもいい加減にしろよ?そろそろ修理代請求すんぞ」
「しても結構ですよ?握り潰しますから」


ごんっ、と床に金棒を立てた鬼は、膨らんだ布団に目を向けた。


「…おや。美蓉さんがやっとお目覚めかと思って急いで来たのですが」
「起きてるわよ」


ぱっと布団から顔を出し、美蓉は笑った。


「おはよう、鬼灯。まだ生きてたのねー」
「それを言うならおそようです、美蓉さん」
「ひとの台詞パクるなよ!」
「変わってないわねぇ。相変わらず楽しそうなお子様だこと」
「子供じゃありませんよ」
「ああ、そうね。ごめんごめん」
「無視すんな!」


自分をよそに和やかに会話し始めた妹と取引先相手に噛み付くが、相手にしてもらえなかった。そのうち、なんだかまた店の方が騒がしくなる。知っている声ばかりなのは、気のせいじゃないだろう。


「…みんな、ついて来ちゃったみたいだね」
「そうねぇ」


私ったら人気者ねと美蓉が微笑むと、兄は「なんでこんなのが」と苦笑しながら、再度妹の頭を撫でた。言葉の内容の割にその手つきは――とても、優しかった。



禍福糾繩
―神獣兄妹のあれやこれ―



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禍福糾繩、お兄ちゃんエンドでした。白澤さまと夢主のやり取りとか、鬼灯の柄にもないオトメゴコロ(え?)を書くのがとっても楽しかったです。兄妹の会話は、脳内で彼らが勝手に喋ったのを私が記録してくみたいな感じで書いてました。分かる人にしかわからない小ネタもあったかと思いますが、ここまで読んでくださってほんとうにありがとうございました。次の連載があれば、またお会いできたら光栄です。それでは!

20140721 かしこ


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