ここは、後の世で五帝の一人とされる黄帝の宮殿。いつもは厳粛な空気漂う場所ではあるが、今だけはなんとなく皆浮き足立っていた。それもそのはず、現在宮殿には、優れた為政者の世に姿を現すという瑞獣白澤がいるのだから。正確には、現れたというか「黄帝陛下ぁ!空から何がしかの獣が!」という状態だが。


「ジ○リマニアかよ、ここの衛兵」


ぼそっとツッコミを入れた瑞獣に、黄帝は眉を上げた。


「何か言ったか?」
「いーえ、別に」
「ならば、ここに妖怪一つ一つを描け」
「えー、全部?」
「全部」


にべもなく肯定されて、仕方なく筆を握る。言うとおりにしないと返してもらえないだろうし、とっとと終わらせてしまおう。そう思って筆に炭を染みこませた時、ばたばたと慌ただしくひとりの衛兵がやってきた。


「し、失礼致します、黄帝陛下!」
「何事だ、騒がしい」


なんだろう、と白澤も振り返る。やってきた衛兵の顔は真っ青で引きつっていた。屈強な体はがたがたと震え、強い恐怖の感情がありありと伝わってくる。


「と、と…とう、…」
「とう?」
「と、饕餮が封を破りました!」
「な、なんだと!?」


その場が騒然となった。


「舜帝が封じた、あの饕餮か!?」
「それ以外にいませんよ!」


焦りすぎて君主への言葉遣いが崩れてしまっている。黄帝も慌てているのかそれを咎めはせず、急いで兵を集め、逃げた悪神の捕獲をするよう命じた。…しかし。


「…遅いんじゃないかな」


ただひとり、瑞獣だけは冷静に――というか呆れた様子で言った。皆の視線が集まる中、つと扉を指差す。


「もう着いてるよ」


瞬間。どごん、と物凄い音とともに扉が吹き飛んだ。ぱらぱらと粉々に砕けた破片が散らばる向こうには、背の高い女が立っていた。


「ごきげんよう、黄帝陛下」


女は首を少し傾けてにこりと微笑む。


「な、な…何者だ貴様!」


衛兵たちが一斉に槍を向けるが、女は動じない。


「ちょっと坊や達、通してくれる?あなた達に用はないの」


そうは言っても通してくれるわけはない。黄帝を守るべく立ちはだかる衛兵に、女はすぅっと目を細めた。


「…邪魔だって言ってるだろ、小童ども」


急に声音が低くなり、衛兵がひっと息を呑む。女が片手で払うような仕草をすると、兵たちは一様に吹っ飛び、壁にぶち当たった。見事に全員伸びてしまい、守る者がいなくなった黄帝は開いた口を閉めることも忘れていた。そんな彼に、女はゆっくりと近づいてくる。


「初めましてね、陛下。私は美蓉。饕餮って呼ぶ人もいるけど、あんまり好きじゃない呼ばれ方だから遠慮してくれると嬉しいな」


口元は弧を描いているが、目は全く笑っていない。


「な…何故貴様がここに」


黄帝よりも前の世を治めていて、彼女を封じた舜帝への恨みを、後代の彼で晴らそうというのだろうか。すると、饕餮は鼻で笑った。


「確かに舜のことは恨んでるけど、今回は別件よ。…そこの白豚のことでね」


彼女はそちらに流し目をくれた。相変わらず、今にもため息をつきたそうな顔をしている瑞獣に。


「豚…って、そいつどっちかというと牛寄りではないか?」
「牛でも豚でも馬でも羊でも、なんでもいいの。とにかくそこの偶蹄目は、私の兄なの」
「お前も偶蹄目だろ」


白澤が脱力したように言うと、美蓉と名乗った悪神はキッと兄を睨んだ。


「人間なんかにとっ捕まってるくせに、なに余裕ぶってんのよ。…怪我はないみたいだからまだいいけど」
「へべれけだったんだよ、仕方ないじゃん」
「どうせどっかの妓楼で飲んでたんでしょ」
「違うよ!なんか日本から来たとかいう兄ちゃんに、色々教えてあげてたの!」
「女の子じゃ飽き足らずついに男の子にも手ェ出したの?」
「んなわけないだろ!?ていうか、何百年ぶりかで外に出てそれかよ!」


彼女を始めとする四柱の悪神が封じられて数百年。為政者も代わり、民の暮らしも変わった。しかし、彼ら兄妹はあまり変わっていない。


「とにかく、こんなところさっさと出るわよ」
「簡単には帰してくれないと思うけど…」
「邪魔する奴は踏んづけてやるわ」


彼女が本気で踏みつけたら相手は粉砕されることを、兄はよく知っていた。


「お前さ、封じられ上がりなんだからもっと大人しくしといた方がいいと思うよ」
「それ病み上がりと同じような意味か?」
「ヘボ皇帝は黙ってなさい。人がせっかく急いで様子見に来てあげたのにその言い草はないんじゃないの?」
「ヘボ…!?」


面と向かって言われた黄帝が青ざめる。ガーンという効果音が聞こえてきそうだった。


「誰も助けてくれって頼んでないよ」
「なにその要らんツンデレ。全くもって萌えないわ、むしろ燃えてしまえ」
「ちょ、そこまで言わなくたってよくない?」
「うるさい焦げ豚」
「僕もう燃えた!?」


ぽんぽんとそんなやり取りをする二柱の神を、黄帝はじめ外野はとてもおかしな気持ちで見つめていた。なんだこの悪神、兄を助けに来たんじゃなかったのか?


「何にせよ、あんまり手荒なことはしたくないんだよ」
「もう十分手荒なことになってるがな」


黄帝はジト目で美蓉を見やったが、本人は綺麗に無視をした。


「ここに一万千二百五十の妖怪について描けば帰してくれるっていうから、ちょっと待っててよ」
「…わかったわよ」


はぁ、と息を吐き、美蓉はその場に崩れるように座った。そのまま兄の背中にもたれかかり、肩に後頭部を預けた。もう脆くはなっていただろうが封印を破ったことと、宮殿の兵士を多数相手にしたことでさすがに疲れていたらしい。


「大人しく待っててやるから、今すぐ美味しいご飯とお酒寄越しなさいよアホ黄帝」
「アホっていうな!悪神のくせに図々しいぞ貴様!」
「悪神だからこそでしょ。こちとら何百年も断食状態でお腹と背中がくっつきそうなのよ。繋ぎにお菓子でもいいから、とにかく持ってきて」
「お前いくら食べても減るよね。ていうか、兵士相手に喧嘩したから余計なんじゃないの?」
「仲良くしててもお腹は減るのよ」
「ダメじゃん」


結局、何をしていても彼女のお腹と背中は引かれ合う運命にあるようだ。このままでは周りの兵士を喰われかねないので、黄帝は渋々ながらできるだけ急いで食料を持ってくるよう命じた。待っている間にさらさらと妖怪を描き始めた白澤の手元を、美蓉がひょいと覗き込んだ。


「…なにこれ?」
「僵尸(キョンシー)だよ。見りゃ分かるだろ?」
「見ても分かんないから聞いてるんだけど」


この時の美蓉の返しに、さすがの黄帝も心の中で頷いた。この神獣、描画のセンスが恐ろしく欠如している。


「あのねぇ、僵尸ってのはもっとこう、肌の色がドス黒くてね…」
「あ、ちょっと!人がせっかく心込めて描いてるのに!」
「呪いなら大いに込められてるわね」


見ていられなくなったのか、美蓉が横から筆を奪って兄が描いたものの上に墨を重ねた。


「あと、太歳はこんな感じね」
「いやいや、もっと目がいっぱいあって…」
「全然違うわよ。ここはこう!」
「そっちこそ似てないって!」
「重ね描きし過ぎてワケ分かんなくなってるけど!?」


お互いがお互いの絵に書き足しているため、どんどん墨が重なって最終的にただの黒い何かになってしまった。


「なにこの物体X…」
「ブラックホールか何かですか?」
「っオイ、国一番の絵師を連れてこい!こいつらまるで使い物にならん!」
「なによ!こっちは一生懸命描いてんのに!」
「ギャア!!」
「黄帝陛下ぁぁぁ!」


怒った美蓉が黄帝の目に墨を飛ばす。墨汁が見事に目に入って、黄帝は両目を抑えてのたうち回った。


「目が!目がぁぁぁ!」
「やっぱりジブ○マニアだな、ここの連中」
「ラピ○タもいいけど、私もの○けの方が好きなのよね。ヤックルまじ忠義者、美味しそう」
「やっぱり基準はそれかよ。僕はエボシちゃんがいいなぁ、未亡人てなんかそそられるよね」
「通常運転ね」
「お前らとっとと情報渡して帰れェェェ!!」


水で目から墨汁を洗い流した黄帝の怒号は、宮殿の隅々まで響き渡ったという。




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タイトルの元ネタ読んだことないのにごめんなさい。




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