「天国の雲って、どうやって取ってくるの?」 桃源郷は極楽満月。地獄からついてきた美蓉にせがまれて、結局白澤は薬膳鍋を作っていた。従業員の桃太郎と3人で鍋を囲みながら、ふと美蓉が疑問を口にする。白澤が最後にひとかけら入れた調味料(?)についてだ。それを聞いて、そういえば、と桃太郎も師匠を見た。 「どうって…普通にだよ」 「その“普通”を知りたいの。雲って掴めるもんなの?」 「うーん…そうだなぁ。こう、バーッてやってゴーッてやってカッ!てやってドーンてする」 「なるほど分からん」 「右に同じです。あとカッ!てなんだよ」 白澤の擬音を多用した要領を得ない説明に、美蓉と桃太郎はそろって呆れた。薬品に関する説明は非常に分かりやすいのに、どういうことだろう。せっかく説明したのに理解されず若干気分を害したのか、白澤は妹の器からマロピーちゃんを取り上げた。 「マロピーちゃん、テテン♪」 「何ですかその微妙な歌」 「微妙ってなんだよ!」 「歌も微妙だけど、相変わらず歌唱力が絶望的ね」 「ですねぇ。声はいいのに」 「何でそこ妙に息合ってんの!?」 兄がぷりぷり怒っている隙に、美蓉は彼の器からマロピーちゃんを奪還した。 「マロピーちゃん、テテン♪」 「わぁ、美蓉様は歌上手いんですね」 「地獄のど自慢百連覇は伊達じゃないわよ」 「百連覇!?」 「…無駄な特技だよ痛たたたたたた」 「ん?なぁんだ、兄さんの指か。随分細いきりたんぽだなぁと思った」 白澤の指を箸でギリギリ挟みながら美蓉はけろっと言った。 「曲がる!指が!桃タロー君助けて!」 「指は元々曲がるもんですよ」 「裏切り者ォォォ!!」 唯一の味方(のはず)にも裏切られ、白澤はちょっぴり涙目でようやく開放された指をさすった。 「そういうお前だって、有り得ないもの食べるじゃん」 「?何の話し?」 「天国の雲の続きだよ!自分で振ったんだから覚えとけよ!」 「あぁ、そのことね。もう終わったと思ってたわ」 「ほんっとむかつくねぇ、お前は」 「今更ね」 妹はさらりと返し、白菜を飲み込んだ。 「で、有り得ないものって?」 「例えば…人の夢とか」 「夢って、寝てる時に見るあれですか?」 「ええ、そうよ」 「それ獏の専売特許だろ。文句言われたことないの?」 「“キャラが被る”って言われたことはあるけど…業務独占じゃないんだし、別にいいでしょ」 「獏が夢を食べるのって資格制なんですか…?」 国家夢喰い師、とでも言うつもりか。 「夢って実体なんてないよね。どうやって食べんのさ」 「どうって…普通に?」 「その“普通”を聞いてるんです。物理で何とかなる代物なの?あれ」 「うーん…そうねぇ。こう、ドシュッてやってガッ!てやってグチュッてやってグルグルってやったらボンッてなって、パクッとする」 「どこのミスターだよあんたら!?」 「あ、最後食べたでしょ」 「よく分かったわね」 「何このデジャヴ!そしてそこはかとなく擬音がエグイ!」 結局、説明スキルは兄妹ともに同レベルらしい。ツッコみ疲れた桃太郎は、ため息をついて椅子に座り直した。 「…やっぱり兄妹ですね…」 「桃くん、大丈夫?きりたんぽ食べる?」 「さりげなく僕の指を狙うな」 視線は桃太郎に、手元だけで追跡してくる箸を白澤が避けた。 「まぁざっくり言うとね、実体のないものを具現化する術使って普通にかじってるのよ」 「具現化…?」 「そ。描いた絵を実体化させる術…兄さんが使ってるの見たことない?」 言われて、先日目の前でやってもらったことを思い出した。もっとも、術者の絵が下手すぎて全く意味がなかったが。 「ベースはあれよ。それを、私が改造したの」 「とんだ魔改造だよね」 白澤がため息をつく。 「で、その術で夢を具現化するんですか」 「そういうこと。色々応用利くから便利よー」 シメに白米を投入する美蓉に、桃太郎は根本的な疑問を投げてみた。 「あの、美蓉様。夢って美味しいんですか?」 「物によるわねぇ。そもそも、そんなに頻繁に食べてるわけじゃないしね。詳しく知りたかったら獏に聞いた方がいいわよ。連絡先、教えてあげようか?」 と携帯を取り出す。せっかくなので、教えてもらうことにした。送られてきたアドレスの上には、『空蝉』という名前が表示されていた。 「うつせみ…さん、ですか」 「うん、友達なの。彼女には私から言っとくから、良かったら連絡してあげて」 その空蝉という名の獏は、女性らしい。不純な目的ではないのに、女性の連絡先を入手してしまったことに桃太郎は若干複雑な気持ちになった。 空になった鍋や使用後の食器、それに酒瓶なんかを流し台に運んで、美蓉は時計を確認した。もう行かなくては。本当は洗い物もしてすっかり片付けていきたかったのだが、仕方ない。ごめんね、桃くん。明日の仕事増やしちゃうけど、と床に転がり眠りこけている桃太郎を見やる。テーブルでは、兄が突っ伏していた。 「……」 テーブルの端にお金をいくらか置いて、棚の一番取りやすいところにあった袋を手に取る。少し前、ストックがなくなりそうだからと兄に依頼していた薬だ。荷物を持って薬局の入口に向かう。最後に店内を振り返り、ぽつりと一言。 「…ごちそうさま」 テーブルに伏したまま、そっぽを向いて。ひらりと軽く振られた手が、返事だった。彼女の美しい顔がゆるりと綻ぶ。音を立てないように扉を閉め、黒い神獣は月明かりの道を歩み去っていった。 ――――――――――― 果たして薬膳鍋にマロ○ーちゃん入れるんだろうか。 |