閻魔庁食堂にて。記録課主任、葉鶏頭の兄が人気ブランドのデザイナーと判明し、知らなかった小鬼コンビは驚きで思わずテレビに飛びついた。意外な人が意外な人と兄弟だった時の衝撃は、結構すごいものである。 「でも、言われてみれば…」 メガネが似てるなぁと納得する唐瓜と茄子をよそに、シロは鬼灯に話を振る。 「鬼灯様は?兄弟姉妹!」 質問された補佐官は、丼ぶりをテーブルに置いてちょっと首を傾げた。 「私はいないですよ。気づいた時には村にいましたから、正確には分かりませんが」 「そうなんだぁ。あと兄弟姉妹いる人っていないの?なるべく意外な人!」 「難しい質問ですねぇ…」 意外に感じるかどうかはその人による。鬼灯が何となく視線を彷徨わせた時、 「テッちゃーん!おかわり!」 明るい女性の声がした。一同の視線がそちらに吸い寄せられる。一番厨房から近い席に、ひとりの若い女性が座っていた。血も凍るような美貌を持つ彼女の周りには、丼ぶり(ちなみにサイズはXL)が山ほど積まれていた。厨房から鬼が顔を出し、ちょっとため息をつく。おそらく彼がテッちゃんだろう。 「美蓉様、もう三十杯目ですよ」 「まだ腹六分にも満たないわよ」 次シーラカンス丼がいいな、と女性は持っていた丼ぶりをまた積み重ねた。 「あの人、すごい食べるね…」 「細いのになぁ」 「…あぁ。ちょうどいい」 鬼灯がぼそりと一言、シロの方を向いた。 「シロさん。意外かどうか分かりませんが、あちらの女性はお兄さんがいますよ」 「え、そうなの?だれだれ?」 「あの白豚です」 しろぶた。彼がそう呼ぶのは、ただひとり。 「「「えええええええ!!?」」」 鬼灯、閻魔、お香を除く者達がそろって大音声を上げた。その声に、件の女性がこちらを振り返った。そして鬼灯の姿を認め、箸を置く。 「あ、鬼灯じゃない。いたの?ついでに閻魔様も」 「儂はついでなのね…」 「お久しぶりです、美蓉さん」 どうやら知り合いらしい。彼女はちょっと首を傾げた。 「そっちの可愛いお連れさんたち、どうかしたの?大声出して」 「貴女のお兄さんの話をしていました」 「あぁ、兄さんね。意外だって?」 「そのようです」 鬼灯が答えると、女性はからからと笑った。そして空になった丼ぶりを片付け、中身の入ったのを持ってこちらに移動してきた。 「ご一緒していいかしら?」 「どうぞ」 その場で一番立場が上のはずの閻魔を差し置き、鬼灯が了承する。いつものことなので、全員特につっこむまでもない。茄子の隣に腰掛け、女性はにっこりと笑った。 「こんにちは、獄卒さんたち。私、美蓉っていうの。よろしくね」 「ねぇねぇ、お姉さんて白澤様の妹さんなの?」 「あら、ふわふわのわんちゃんね。……美味しそう」 「え?」 「何でもないわ。…ええ、そうよ。白澤は私の双子の兄」 「双子なんだぁ」 「じゃ、美蓉様も神獣なんですか?」 唐瓜の質問に、美蓉は微笑んで頷いた。 「そうよー。神様なの」 「神は神でも、邪神ですけどね」 すると、横から鬼灯が口を挟んだ。 「鬼灯様?」 「美蓉さんの本名は饕餮(とうてつ)といいます。饕餮は中国で混沌、窮奇、難訓とともに“四凶”の一柱とされていて、早い話が凶兆の印ですね」 「もう鬼灯ったら、その名前では呼ばないって約束でしょ?貴方じゃなかったら今頃ボディブローしてるとこよ。……チェーンソーで」 「なんか今ぼそっと物騒なこと言った!?」 「饕餮って名前、嫌いなの?」 「嫌いというか…可愛くないでしょ。こう、ゴツーン!って感じで」 「…全然分からん」 「とにかく、聞くからに男!って感じじゃない。だから、“美蓉”って名乗ってるの」 確かに、饕餮という名だけ聞くと十中八九男性を連想するだろう。名前の話は理解できたが、もうひとつ気になること。 「あの、白澤様は吉兆の印なのになんで美蓉様は邪神なの?」 「あ!コラ茄子、失礼だろ!」 「いいのよ。よく言われるから」 茄子の真っ直ぐすぎる問いにも表情ひとつ変えず、美蓉は器を置いた。いつの間に食べていたのか、すっかり空である。 「今日は腹七分くらいにしとこうかな」 特大の丼ぶりを三十杯以上平らげておいて…と誰もがツッコミたくなったが、やめておいた。湯呑にお茶を淹れて口を付けながら、彼女はゆっくり言った。 「そうねぇ…何でって言われても、よく分かんないのよ。生まれた時からそうだったし」 あぁでも、と彼女は付け加えた。 「これだけじゃあ、返しとして面白くないわよね。…そうだなぁ、代わりに私と兄さんのちっちゃい頃の話とか、聞きたい?」 「聞きたい!」 「俺もー!」 シロと茄子がそろって元気に手を挙げる。その様子に楽しげに笑い、彼女は話し始めた。 「あれいつだっけ…多分白亜紀くらいだと思うけど、」 ―――――ー――――――― 難訓(なんくん)は、檮コツ(とうこつ)の別名です。 |