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昼間よりは幾分か青色の薄くなった空の下、物見台で顔を上げ立ち尽くすあいつがいた。

梯子を辿って同じ場所へと立ち、そうしてその目線の先を追う。

首が痛くなりそうな程顔を空へ仰ぎ、見上げた先には薄い雲が幾つも漂っていた。

地上から更に天空へ向けて、グレーから白の淡いグラデーションを纏った雲の、上の方が微かに青紫色に染まっている。

夕暮れが近いのだ。もう少ししたらオレンジの空も緩やかに濃紺に変わっていくだろう。



「雲の、」



「ン?」



「雲の上って、どんな感じですか?」







賭けたっていい







問い掛けてきた、その目は俺を見ずに今だ空に向けられていた。

しかし、隣にいるのが誰かが分かっているということは、僅かにでもその視界に入っているのだろう。



「晴れてるよい。で、遮るものがねェからすげェ暑い」



答えれば、隣でふふ、と小さな笑い声が上がった。

夢が無い、そう言う***の表情は至極可笑しそうだ。



「じゃあどんな答えが望みだったんだよい?」



「んー…そうですね…」



少しばかり考える間をおいた後、***は綺麗とか、と呟いた。



「まァ、真っ青で綺麗っちゃ綺麗だけどよい」



「そうですか。…ほら、何かが死んでしまうと、よく天に昇るっていうでしょう?」



「あァ――そうだない」



「だから、どんな所なんだろうって。」



どうせなら綺麗な方が良いでしょう?と再び笑った、その横顔は憂いでも悲しみでも、亡くした者への懐古でもなく。

ただただひたすら普通で、何も特別な意味を感じさせない。

それが逆に俺を惹き付けた。この女はいつだってそうだ。

飄々として捉え所がなくて――まァ、俺も過去に似たようなことを言われた覚えがあるが――一言で言えば理解不能だった。

だからその思考を暴いてみたくて、俺は姿を見掛ける度それとなく話し掛けていた。

それもまるで罠のように、だ。



「確かに、そうかも知れねェない。けど、」



「けど?」



「…海より綺麗な青なんてねェよい」



「……」



***が、空から海へ頭ごと視線を落とし、次いで俺へと持ち上げた。

漸く合った視線が絡む。

俺を映し込んだ***の目は、無表情ではなく、存分に感情を含ませた色をしていた。

それだけでニヤリと笑みが浮かぶ。

どうすれば、***が俺に興味を持つか――まるで駆け引きの様な会話に、今日も勝ったのだ。



「流石、海賊ですね。確かに私も死ぬなら海に堕ちたい」



「だろう?」



ふわりと***が笑う。

それは優しくて、しかしどこまでも邪心のある笑みだった。

***も解っているのだ。俺が仕掛けていることを。会話の一つ一つが、勝負であることを。



「マルコ隊長は――私が気に入らないみたいですね?」



「どうしてそう思うんだよい?」



「私を試すから」



それこそ、試している台詞を口にして***が緩やかに笑みを深める。

なんて狡猾で、綺麗な女だ。

俺も自然と笑みを深めた。絡んだ視線は離さない。

***の目の奥が好奇心に揺らめいている。

そうだ、いつだって俺は、どうしようもなく独占欲を掻き立てるその目を手に入れたくて仕方がない。



「逆だ。気に入ってるよい」



これ以上無い程に。言外にそう含めれば、それは光栄ですと***が言った。

澄ました笑みは、最早歓喜を隠せない程に歪んでいる。

そう、けれど、***はいつも極限まで我慢するのだ。

ギリギリの駆け引きを、最大限楽しむ為に。

賭けたっていい。***は既に、俺の手に落ちている。

それでも未だ焦がれているのは、俺かお前か、または両方か。

手を伸ばすのは簡単だ。愛を囁くのだって、造作無い。

しかしそれでは、つまらな過ぎる。

***もそれを望んでこないのは、同じくそれではつまらないからだろう。

駆け引きが終わるなら、それは多分どちらかがあの青さに堕ちる時だ。



「狡猾な女は嫌いじゃないよい」



「偶然ですね。私も狡猾な男は嫌いじゃないです」



***が、俺を追い詰めるように綺麗に笑みを作る。

それは、紛れもなく罠だ。

さあ、次はどうやってその目線を絡め取ってやろうか――。

罠を緩やかに躱しながら、俺は再び思案を始めた。











end


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