Project UWよもやま話



したっぱの原点、三原・今治国道フェリー



この画像はTwitterで相互となっているケンチー様にお借りしました。
ありがとうございます。


数ヶ月前、Twitter上で船が好きになるきっかけを語るタグが流行ったような記憶がありますが、したっぱの場合は複数あります。
その中でも最も根幹に近いものを一つ選べと言われるとこの「くるしま」を挙げるでしょう。
幼いころに乗りなれていた三原・今治国道フェリーの瀬戸内海汽船側の最終モデル1番船です。

本船はシーパセオ就航までの瀬戸内海汽船のフェリーの標準型、699t級フェリーの始祖とも言えます(本船は698tですが)。単純に大型化しただけでなく、設備も向上させていました。

瀬戸内海汽船55年史によると、本船はしまなみ海道と競合しながら航路を継続させることを前提に作られたようです。
充実した売店やキッズルームがあるなど、なかなか先進的だったのではないでしょうか。



三原港跡。
ここを見ていただけたらわかるように桟橋に非常に近い場所に突堤があります。
おそらく、以前の船が彼女たちより200トンほど小型だったので、それに合わせて作られた桟橋なのだと思います。
大型化したくるしま(厳密にいえば83年就航のフェリーいまばり)は港湾設備に合わせて作られ、それであの特徴的な右舷側に偏ったランプと搭載することになったのではないかと思います。

航路も多々羅大橋・大三島橋・来島海峡大橋を通過し、今振り返るととんでもなく贅沢な航路です。
もしもっと早く(開通前に)しまなみブームが起きていたら、インバウンド需要が高まっていたら、699tフェリーは無理にしても何らかの形で航路がそのまま残ったかもしれないと思うと非常に残念です。

さて、1999年のしまなみ海道開通によって日本を離れることになった本船と僚船の「さぎしま」ですが…
トップ画像のとおり、現在もフィリピンで元気に活躍しています。
くるしまはNelvin Jules、さぎしまはKing Frederickと改名しています。
長らく日本時代とほぼ同様の塗装で走っていましたが、少なくともNelvin Julesは近年もともとあった青いラインより下が青で塗られ、当時の瀬戸内海汽船の塗装とそれより前の塗装を足したような外観になっています。
海外には日本のフェリーのデザインを近い状態で拝借している会社が多数ありますが、こちらの会社はさしずめ「フィリピンの瀬戸内海汽船」といった感じでしょうか。

とても優秀な姉妹のようで、運航会社からも大切にしてもらっているみたいです。
元利用者のしたっぱも鼻高々です。
日本での就航から35年程度経過しますがトラブルなく走れている模様。
これからも頑張ってほしいです!!



最後に、これは現在の今治港です。
中央に見える船の泊まっている桟橋をくるしまたちが使用していました。




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