俺が鳳仙を卒業してかれこれ9年程。つまり実家の月本不動産へ就職してそろそろ10年が経とうとしている。
兄貴は不動産経営を学びながら後継者として日々猛進している。そんな中俺はリフォーム側に興味を持ち、今では家業の事業拡大に一役買っているというわけだ。
俺は頭脳派じゃねぇから体を動かしていた方が性に合う。兄貴も大概頭脳派じゃねぇけどよ。


そんなわけで忙しくも充実した日々を送っている。
今日も午前中に客と打ち合わせをし、休憩がてら今から昼飯でも買ってこようかと近くのコンビニへ向かって歩いていた。

「あれ?もしかして光義くん?」

後少しでコンビニへ着くというところで、聞き覚えのある懐かしい声に後ろから声を掛けられた。

「あ?名前、か?」

振り返ると、10年前とそれほど変わっていない名前がそこに居た。
名前は俺が中学から高2になる直前まで付き合っていた女だ。
鈴蘭との戦争を控えていた事や、幹部に上がったことで名前が狙われるかもしれないといった理由から一方的に別れを告げた、女。

「やっぱり!いやーずいぶんイケメンになってたから一瞬わからなかったよ〜」

名前は相変わらず警戒心の薄い、にへらと効果音のつきそうな屈託のない笑みをこちらに向けてくる。
こいつのそういうところが可愛くて仕方なかったんだよな、と胸の奥の方がずきりと痛んだ。

「お前は相変わらずみてぇだな」

「え!それどういう意味?!」

頬を膨らませて些細なからかいにすら食い付いてくるところも相変わらずだ。



しばらく他愛のない世間話をしていたが、時折話しながら愛おしそうにお腹を撫でる名前の姿が目に付いた。そのままお腹の方へ目をやると、そこにはふくよかとは違う膨らみがあった。
これには見覚えがある、光希や光穂が生まれる前、まだ腹の中に居るあいつらの事を想って優しくお腹をさする母の姿と同じだった。

「名前、子供出来んのか……」

ポツリと呟いた俺の言葉に顔を上げた名前はキョトンとした表情を向けた後、今まで見たどんな表情よりも優しい顔をして微笑んだ。

「ん。そう!!ちょっと予定日過ぎてるから帝王切開っぽいんだけど、大丈夫。明日生まれるよ」

「どっちかわかってんのか?」

「んーっと多分男の子!!」

相変わらずにこにこと優しい顔をして笑う名前の顔を俺は今どんな顔で見つめているのかわからない。

「そりゃあおめーに似て元気な子供が生まれそうだわ」

「ちょっとそれどういう意味よー!!!でも、生まれたらうちの子と遊んであげてね!!」

「……普通俺みてーなのと遊ばせたら教育に悪いとか言わねぇか?」

「そんなこと言わないよ!!光義くんみたいに男前に育って欲しいもの」

俺の気持ちなんて微塵も知らないお前はそんな事をさらっと言ってのける。それがもうあいつにとって俺は”過去の良い思い出”なんだという事を目の前に突き付けられてるようでなんだか辛くなった。

「そうかよ……まあ頑張れよ!!なんか、旦那ともよろしくやってるみてぇで良かったわ」

「今日は仕事で一緒じゃないんだけどね〜仲良しだよ〜!光義くんも良い人居ないの?結婚する時は紹介してね!」

今もお前の事を引きずってますなんて言えるはずもなく、その後何て返したか覚えていない。
ただ、妊婦をこんな暑い中外に立たせたままにするわけにもいかねぇから、とコンビニに着いた時点で名前と別れた。




俺はお前が思ってるほど男前でもねぇ。

過去に好きになったお前を、理由もちゃんと告げずに別れた俺を、泣きながら俺を引き留めていたお前を、俺のエゴで別れたのにまだ忘れられないただの女々しい1人の男なんだけどな。
お前が幸せなら俺も前に進めっかもなぁ。


なんて独り言は、セミの鳴き声にかき消された。






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