夢見る少女じゃいられない
最終学年になりクラスが変わっても、それ以外はいつも通りのつまらない学校。
顔見知り程度の同級生とのつまらない会話。
誰の彼氏がイケメンだとか、近くのケーキ屋で新作が出たとか、微塵も興味が無い話を愛想笑いで聞き流す。
授業だってつまらないから、いつも外ばかり眺めて過ごす。
指名されても無視してたらいつの間にか目をつけられて、なにかあったら私のせいにされた。
そんなつまらない人間関係が凝縮されたこの教室に非日常がやってきたのは、雨の降る季節に差しかかる時期のことだった。

「オレは花澤三郎!今日から教育実習で2週間くらいいる予定だ!よろしくな!」

ニッと笑う大柄の男の挨拶はあまりにも大雑把で、クラスの皆、連れてきた教師もが呆気にとられていた。
かくいう私も、入ってきた瞬間の色んな音が大きくてついつい外の景色から目を離して入口の方を見た。
するとあの挨拶をバカでかい声でしたもんだから、驚きと同時に一瞬で惹きつけられてしまった。
シン…と静まり返った教室で、「ん?どーした?おーい」と能天気な声をかける花澤センセーは、生徒より先に我に返った教師によって後ろへ追いやられてしまい、間もなくいつもの授業が始まってしまった。
淡々とした口調で進められる授業はつまらないの一言に尽きる。
花澤センセーは「なにが悪かったんかなー……」とブツブツ言いながらも、授業の進め方を観察して時々手に持ったノートに書き込んでいた。
しばらくその姿を眺めて和んでいたが、突然教師に「名字」と名を呼ばれ、「授業を受ける気がないなら、邪魔だから出ていけ」と言われた。
特に反抗する理由もないので、机の横にかけていた鞄を持って無言で席を立った。
花澤センセーがこっちを見ているような気がしたが、見ないようにして廊下へのドアを開けた。
授業中だから当たり前なのだが、廊下はとても静かだ。

(追い出されちゃった)

おそらくは、教育実習生がいるにも関わらずいつも通り不真面目な態度をとった私に堪忍袋の緒が切れたんだろうが、今私は不思議とスッキリした気持ちだ。
なぜもっと早く追い出してくれなかったのだろう!
誰もいない廊下を駆け出したくてたまらない。
しかし今の時間に家に帰ると、親に何を言われるか嫌でも想像できてしまう。
それはさすがに面倒くさすぎるから、保健室でサボることにした。

いつの間にか寝てたようで、「もう閉めちゃうから起きてー」と保健の先生に起こされた。
渋々起き上がり玄関口までダラダラと歩いていると、通路沿いにある職員室前で担任に呼び止められた。
そのまま職員室に連れて行かれ、聞き飽きた説教をまた繰り返してきた。

「名字……その態度と服装をやめろと何度も言ってるだろう」
「……」
「全く……1年の頃は稀に見る優秀な生徒だと我々も鼻が高かったんだぞ」
「…あっそ。話が終わったんなら帰るね」
「あ、こら!待ちなさい!」

今度は呼び止める声を無視して、振り返らずに職員室を出る。

早歩きで玄関口まで来て、手に何も持ってないことに気づき舌打ちした。
また戻らないといけないのか、あの教師と顔を合わせなきゃいけないのか、それならそのまま帰ったほうがいいのでは無いかと色んなことが頭の中に浮かんでは消えていった。
散々悩んだ結果、やむを得ず取りに戻ることにした。
戻る足取りは重くて、ため息しか出ない。
そうこうしてるうちに職員室が見えてきてしまった。
お腹まで痛くなってきたので諦めて帰ろうかと踵を返した時。

「おーい、名字ー」

呑気な声が私を呼んだ。
聞きなれない声が不思議で振り返ると、あの教育実習生が私の鞄を持って立っていた。

「おめーカバン忘れてったろ」
「あ……、え…なんで、名前」
「ん?ああ、さっきしこたま怒られてんの聞いてたからなー」
「、っ」

恥ずかしいところを見られていたようで、思わず言葉に詰まった。
「ほれ」と渡された鞄を抱きしめ、なるべく顔を合わせないように俯いて横を通り過ぎようとした。

「なあ、なんでそんな反抗してんだ?」
「……っ!真面目なセンセーには分からないよ!」

呑気な声色で尋ねられ、イライラをぶつけるように突き放す言葉を言ったつもりだったのだが、彼は「まじめ…まじめか…ふふん」となぜかドヤ顔になっていた。

「と、とにかく!私帰るから!」
「まー待て待て。よかったら話聞かせてくれよ」
「なんでそんなこと…っ」
「オレはここにずっといるわけじゃねーだろ?もしかしたら今後一生会わない可能性もある。そういう奴の方が気が抜けて話しやすいだろ」

な?とあの笑顔で言われてしまえば何も言えない。
センセーと2人で玄関口の手前にあるオープンスペースの端に座って、渋々口を開いた。

「センセー。私ね、なりたい職業があるの」
「へー!なんだ?」
「…び、美容師」
「おお!すげーじゃねーか!」
「!!…ほんと?ほんとにすごい?」
「おう、すげーよ。オレなんて教師になりてーと思ったの高3の冬だからな!」
「………それ遅すぎない?」
「まーいいだろ!なれたから!」

ガハハ、と豪快に笑うセンセーはとてもとても楽しそうで、思わず「なんで?」と尋ねた。

「ん?」
「なんで、教師になりたいと思ったの」
「んー…オレがいたガッコーは鈴蘭っていってな、不良のたまり場だとかはぐれ者の寄せ集めだとか色々言われてたんだよ」
「……センセー、そんな学校にいたの?」
「おー」

今の真面目そうな見た目からは想像ができない。
…タバコ吸ったりケンカしたりしてたんだろうか。

「そんなに驚くことか?」
「うん……だってセンセーそんな風に見えないもん」
「えぇ〜??そ〜かぁ〜?」

照れたように笑うセンセー。
それがなんだかかわいくて、胸の辺りがほっこりした。

「すごい真面目そうに見えるのに…センセー不良だったんだ」
「不良だったかどうかは疑問だなー。オレは憧れの人がその学校にいるって聞いたから行っただけだしよ」
「憧れの人?」
「おう!すげーかっこよくて最高の男だ!」

目をキラキラ輝かせて憧れの人を語るセンセーは、まるで大好きなヒーローのことを語る少年のようだ。
聞いてるこちらが楽しくなるような語り口で、とても惹き込まれていく。
すると、話していたセンセーが突然「名字はなんで美容師になりてーんだ?」と尋ねてきた。

「私?私は…………笑わない?」
「笑わねーよ!」
「……私、中学の頃まで根暗でね。いじめられてたの」
「……」
「ある日親に連れられて行った美容室で、初めて親以外の人に髪を切ってもらったんだ。終わったあと鏡を見たら、別人みたいになってた」
「ほー?」
「髪を切ってもらうだけでこんなに世界が変わるのか、って感動したの。私が美容師になりたくなったのは、それがきっかけ。人に感動を与えられるような美容師になりたい、って」

もう無理かもだけど、と諦めたように笑うと、センセーは「ムリじゃねーよ!」と真剣な眼差しでこちらを見つめてきて、不覚にもドキリとした。

「やってやれねーことはねー!不可能なことなんてねーんだよ!特に名字はまだ高校生だろ!まだ間に合う!オレだって教師になれたんだからな!」
「っ……!」

そうだ、と思った。
目の前で笑っている彼は、確かに夢を叶えた体現者だ。
不良のたまり場と言われる高校から大学に受かってさらに教師になるというのは、並大抵の道のりではなかっただろう。
それでも、彼はここにいる。

(それなら、私だって)

そう思うとなんだか憑き物が取れたようにスッキリした気がした。

「不可能なことはない、か。誰かの受け売り?」
「おう。オレの高校ん時のダチが言ってたんだ」
「ふふ、やっぱり」
「やっぱりとはなんだ!」

センセーとのくだらないやりとり。
久しぶりに、心の底から笑うことができた。




数年後。

私は夢を叶え、今は地元を離れ美容師として働いている。
まだまだ新人だから覚えることが沢山で大変だけれど、充実した楽しい日々だ。

そんなある日、いつも通りお客さんが入店してきた。
いつもの挨拶、いつもの流れで受付をしようとそちらを向いた。

「…センセー?」
「ん?どっかで会ったか?」

そこにはあの時の教育実習生。
覚えていないことに少し胸が痛みつつ、「私、センセーが教育実習生として来た高校の生徒だったんです。名字って覚えてませんか?」とダメ元で聞いてみた。

「名字……あぁ!名字!!」
「センセー?」
「覚えてる!お前ほんとに美容師になったんだな!!」
「!!……うん!」

センセーは覚えていてくれて、夢の話も覚えていて。
私が夢を叶えたことを手放しで喜んでくれた。
店長からの許可も下り、私はセンセーのヘアカットを担当させてもらうことになった。

「どんな感じにする?」
「ふふん、実はもう決めてんだ」
「?」
「実はよ、ようやく赴任先が決まってな」
「ほんと?センセーも夢が叶ったんだね」
「そーなんだよ!それでよーやく受け入れてもらえたから、気合い入れていこーと思ってな!」

こんな感じで頼む!と渡されたのは写真。
学ラン姿の男が厳つい顔でこちらを睨みつけている。
これは、もしかして。

「これ、センセー?」
「おう!」
「この髪型にするの?マジで?」
「おう!オレといえばこのヘアスタイルだからな!」

よろしく頼むぜ!と鏡越しに笑う彼に、「知らないよそんなの」と言いながらもつられて笑ってしまった。
そして「任せといて。バッチリキメるから」と宣言すると、彼は「頼もしいな!」とまた笑った。



「ところでセンセー」
「んー?」
「この写真の制服に書いてある、『絶屯』ってなに?」
「オレのあだ名」
「変なあだ名だね」
「シツレーなやつだな!ウルトラマンを倒した怪獣だぞ!」
「……へぇ……。なんでそんな怪獣があだ名なの?」
「中学の時のちょっとした事件がきっかけでな……───」


おしまい。


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