あたしの半年戦争
「えー、では前期の間、今隣の席の人とペアになってもらって、グループワークや今後の課題の提出をしてもらいます。とりあえず来週は、ペアの人と席に着くように」


何がどうして、こんなことになったんだか。そういえば今日は、朝から何もかもがうまくいかなかった。

普段より15分遅く起きちゃったし(朝の15分は大きい)、なぜか化粧ノリは悪いし、着ようと思ってた服は洗濯機に入れたままで洗ってなかったし、慌てて家を出たら段差につまずいてお気に入りの靴が傷ついちゃったし、講義が終わってすぐ購買に行ったのに、お昼に食べようと思ってたサンドイッチは売り切れ。

昼休み、この春入学した大学で新しくできた友達と盛り上がったはいいけど、次の授業が一緒じゃなくて向かう教室を間違える始末。午後1番のこの講義は受講する人も多くて、時間ギリギリに入ったらほとんど席が埋まってるというのは有名な話で、案の定、空いてる席を探すのに一苦労。ようやく見つけた席は、この大学で知らない人はいないであろう、「花澤三郎」の隣だった。


「花澤三郎だ、よろしくな!!」

「・・・よろしく、お願いします」


隣の存在が気になって気になって、あまり集中できなかった90分もようやく終わり。何とか乗り切ったぞ、と隣にバレないように一息ついたところで、最後の最後に教授からトドメの一言。周りから同情の視線が刺さる。そりゃないよ教授、あたしが何をしたって言うの。


「花澤とペア?マジで?やばいね」

「本当だよ・・・あたし来週からどうすればいいの・・・」


とりあえず簡素な挨拶と、連絡先だけ交換して急いで教室を出る。昼休みを一緒に過ごした友達たちに、大学付近のカフェに集合をかけた。今日の午後の講義はもうないので、とりあえずあたしが落ち着くまで話を聞いてほしい。

一人暮らしがしたいという理由だけで、地元を飛び出して入学した大学。1ヶ月も経てば、サークルや先輩、ゼミ、バイト先などなど、いい噂からよくない噂まで一通り耳に入ってくる。その中でも一番聞くのが、今回ペアになってしまった「花澤三郎」の噂だった。5浪しているだとか、地元じゃ相当有名な不良だったとか、今も悪い人たちとの関わりがあるだとか、既にこの街の不良を手下にしているだとか。どれも嘘か本当かわからず、でも誰も本人には確かめられず、噂だけが一人歩きしている。同じ専攻の男子とはそこそこ打ち解けているようだから、もしかしたら男子は本当のことを知っているのかもしれないけど、わざわざ周りに聞いて確かめるようなこともしなかった。


「いいじゃん名前、この際、噂が本当かどうか確かめてよ」

「他人事だと思って・・・」

「だって他人事だもーん」

「週1で地獄だ・・・」

「でも、男子の間では良い奴って話も出てるよ」

「そうなの?」

「ま、夏までだし、頑張りなよ」


その日は友達の1人がバイトがあったので、そのまま解散。今日は本当についてない日だったから、大切に取っておいた入浴剤を使って、とっとと寝てしまおう。そうしよう。




 ▲ ▼ ▲ ▼ ▲




「おーっす」

「こんにちは。席も、取ってもらってすいません」

「今回も1番前は嫌だったからな!!」


連絡先を交換したもののそれから1週間、特に連絡をすることも連絡が来ることもなく、次の週の講義がやってきた。

その日の昼、友達とご飯を食べていると携帯が誰からかの連絡が来ていると告げる。「席取ってるからな」と花澤さんからのメッセージだった。あたしの表情から何かを察したのか、横から友達が携帯の画面を覗き込む。「意外と真面目じゃん」という友達の言葉に同意して、待たせても悪いかとすぐ教室に向かった。


「つーかよー、何で敬語使ってんだ?同級生だろ?」

「えっ、いや、」

「んだよ」

「・・・5浪したって、聞いたんで、だいぶ年上じゃないかと」

「5浪?!?!誰だよ、んなこと言ってるやつ!!」

「え、現役合格ですか?」

「いや、2浪!」


2浪しとるんかい。威張って言うな。


「ま、同じ1年生だしよ、敬語はやめてくれよ」

「あー、うん。わかり、わかった」


講義の教室に早めにくる真面目さとか、こっちの言葉にコロコロ変わる表情とか、意外と話しやすかったりとか。5浪だって噂も噂でしかないことがわかったし、他の噂もデマの可能性が出てきた。声はデカいけど態度が悪いわけでもないし、こっちが思うほどそんなに怯えて接する必要はないのかも。


「ねぇ、」

「・・・はっ」



講義を受けていると、後ろの席からクスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。あたし、今日そんな変な格好してる?なんて不安になりながら、何に笑っているのかを確認するために辺りを見渡してみると、隣の男をがゆらゆら揺れているのが目に入った。笑われてたのは花澤らしい。ただでさえ有名人なのに、こんな大男がゆらゆらしてたらそりゃ目立つわ。


「すまん、助かった」

「いる?」

「・・・もらう」


鞄の中にあった、目が覚めてスッキリするタブレットを渡す。花澤は遠慮がちにそれを手に取って2粒食べた。


「多分5分も寝てないよ」


講義中に寝てしまったことを悔やんでいるような表情をしているので、ついつい会話を続けてフォローをしてしまった。あたしの言葉を聞いて安心したのか、恥ずかしそうに笑う。見た目は厳つくて、今まで授業なんか真面目に聞いたことありませんみたいな顔してるのに、やっぱり意外と真面目だ。寝ることなんて、誰だって時にはあるだろうに。


「寝不足?」

「昨日バイト先の先輩が体調不良で、シフト変わったんだよ」


1限がある日は日を跨がないシフトにしてもらってんだけどな〜、だって。優しいじゃん、なんて思った。口には出さなかったけど。


「飲む時はうちで・・・って名字はまだ未成年か」

「機会があれば行くよ、安くしてよね!」




 ▲ ▼ ▲ ▼ ▲




「で、前期も半分が過ぎたけど、あんだけ憂鬱がってた講義の愚痴を聞きませんが?」

「あー、いや、そんなに悪くないというか」

「そうなの?」

「案外真面目で、ちゃんとやってるというか」


今日は、仲の良い友達と飲み会。といっても、未成年だからあくまでご飯を食べるだけ。お店で飲むことはしなくて、このあとあたしの家で飲む予定なんだけど。

気づけば話題は花澤のことになっていた。正直な話、最初に愚痴を言ったような憂鬱さをもう抱いていない。

課題の提出は遅れることなくちゃんとしてる。講義もあの1回以来寝ているところを見たことないし、欠席する様子もない。ペアワークをするために講義以外でも会ったり、連絡をとるようになって、今まで聞いてきた花澤に関しての噂の信憑性の薄さも分かってる。

よくよく観察してみれば、他の講義も何個か被ってるんだけど、どれも真面目に受けている様子。他の講義は仲がいい男友達と出席しているみたいだけど、講義の前も後も楽しそうに友達と話してる。その笑顔は、なんかちょっと可愛い。


「・・・花澤、彼女いんのかな」

「え、そういう感じ?!」

「名前ガチ目に好きになってんじゃん!」

「だってぇ〜〜〜」


みんな、花澤のことを知らないからそんなこと言うんだ。でも逆を言えば、花澤が意外と真面目なのも、優しいのも、笑顔が可愛いのも、この大学の女子の中ではあたししか知らないって思うと、ちょっとした優越感に浸れたりもする。ヤバい、末期だ。


「詳しく聞くために早く名前の家に行こ!!」

「そうしよ!」

「あ、じゃあちょっとトイレ行ってくる」


一言断りを入れて席を立つ。きっとこのままうちで根掘り葉掘り聞かれることになるんだろうな。あたしからわざわざ花澤のいいところを話す形になるなんて、ちょっともったいない気分になりそうだ。


「名字?」

「花澤!なんでここに?」


トイレから個室に戻るまでに、誰かから呼び止められた。声の方をみると、さっきまで話題になっていた花澤が立っている。しまった、こんなところで会うなんて。このまま帰る予定だったから化粧直ししてない。


「ここ、俺のバイト先なんだけど、言ってなかったか?」

「聞いてない!!」


そう言う花澤の手には、空のビールジョッキが握られていた。よく見ると服装も、普段大学で見るラフな私服じゃなくて、このお店のTシャツに、腰に巻くエプロン、そして「ゼットン」と書かれた名札。


「ゼットン?」

「地元でそう呼ばれてたんだ!!名前より、こっちの方がしっくりきたりしてな!」

「じゃぁ、あたしもそう呼んでいい?」

「おー!名字じゃ距離感じるし、俺も名前って呼ぶか」


名前を呼ばれた瞬間に、全身の血が顔に集まるのがわかった。別に男の人から名前を呼ばれることなんて初めてじゃないのに、好きだって意識した途端こうなるんだから、厄介すぎるでしょ。


「顔赤ぇけど、酔ってんのか?!お前未成年だろ!!」

「飲んでないって!!もう帰るところだし!!」

「ならいいけどよ・・・」

「ってか、仕事中だよね、長話してごめん」

「気にすんな!次来る時は前もって教えろよ〜」


それから「頑張ってね」と声をかけ、花ざ・・・じゃなくてゼットンと別れて個室に戻った。名前を呼ばれたことで赤くなってしまった顔は、この短時間じゃ元には戻ってなかったみたい。友達に散々突っ込まれてしまったけど、ここでゼットンが働いていることも、あだ名で呼ぶようになったことも、名前で呼ばれたことも、どうしても言う気にはなれずあたしだけの秘密にしすることにした。




 ▲ ▼ ▲ ▼ ▲




そうこうしているうちに、ゼットンとの関係が友人の枠を超えるような進展をせず、前期最後の講義が終わってしまった。この講義は最終テストではなく、レポート提出で最終評価をするみたいで、テスト勉強を一緒にするなんてイベントも起きず呆気なく終了。

意外と真面目なゼットンは、この講義を一度も欠席することはなく、そんなゼットンに会うためにあたしも一度も休んだりはしなかった。(他の講義はちょこちょこ休んだりしたけれど)グループワークも問題なくやったし、提出物も期限を守って終わらせてきたから、今回の最終レポートだってよっぽど悪くない限り単位を落とすことはない、と思う。


「ねぇ、ほんとに変じゃない?!?!」

「変じゃないってば」

「可愛い可愛い」

「雑すぎない??」

「可愛いの他に言いようがないもん」


そして明日。ゼットンと打ち上げ。2人で。しかも向こうが誘ってくれた。これってデート?デートだよね?となればもう、全力を尽くして可愛くなるしかない。テレビ電話でファッションショーを開催、明日の服を友達に相談し始めて2時間。とりあえず服は決まったものの、緊張と不安と楽しみと、いろんな感情がごちゃまざになってハイになってしまってる。


「いいから名前は寝なさい」

「楽しみと緊張で寝れない・・・」

「遠足前日の小学生か」

「寝不足でクマどころか新しいニキビできた顔で会いたいの?」

「今すぐ寝ます!!」


何かしら行動を起こさないと、このまま疎遠になってしまうこと間違いなし。明日は絶対絶対絶対絶対、失敗は許されないのだ。




 ▲ ▼ ▲ ▼ ▲




あんなに緊張していたのに、電話を切ってベッドに入ったらあっさり眠れてしまった。自分単純すぎんか?

朝はいつも通り目が覚めたものの、それはそれで夜までの時間が待ち遠しすぎる。あまり早くメイクをしてしまっても、時間までに崩れてしまいそうだから家を出る前にすることにしよう。約束の時間まで、あと10時間もあるんだから、とりあえず気持ちを落ち着かせるために家事をすることにした。


「ごめんっ待たせた?」

「そんなに待ってねぇよ」


10分前に着くように家を出たけど、待ち合わせ場所についたらすでにゼットンがそこで待っていた。さすが、意外と真面目な男。それより何より、大学以外で、しかも夜に会うことが新鮮すぎて心臓がどうにかなってしまいそう。今まで講義以外では空き教室だったり、大学近くのファミレスでしか会うことなかったから、


「ちょっと早いけど、行くか」

「そうしよっか。ゼットンは今日飲むの?」

「名前が飲めねぇんだから飲まねぇよ」

「飲めばいいのに〜〜」

「その代わり飲めるようになったら付き合えよ!!」


そう言うところ、マジで好き。

正直な話、あたしは多分嫌われてはない。なんなら好かれている方だと思う。ただその「好き」が友人としてのものなのか、恋人対して抱くものなのかを推測しかねているのが現状。つまりlikeなのかloveなのか。普通の相手との駆け引きなら、そろそろ判断つきそうなものの、なにせ相手がゼットンなのだ。2個も年上だし、優しいし、良い奴だし、もしかして妹扱いされてるのかもしれない。

来期もおそらく、何個か講義は被るはず。けれども、こんなに一緒になって講義を受ける機会はないかもしれない。今日がラストチャンスなのだ。


「ゼットンってさ、彼女いんの?」

「俺?!」

「うん」


ご飯を食べながら話してある程度時間も経った。良くも悪くも話題が尽きない。これじゃ、今まで課題をするために大学とかファミレスで会っていた時と変わらない。そう思って、一歩、踏み込んでみた。

今まで、恋愛の話なんてほとんどしてこなかったから、当たり前のように驚かれた。そんなに驚かなくてもいいじゃん。大学には彼女いないだろうな〜とは思ってたけど、地元に長年付き合ってる彼女がいたりしたら、あたしは気づくことができないし。


「いねーよ!!!!」

「ほんと?」

「俺だぞ?!?!」

「ほんとのほんとのほんと?」

「んなに疑うことじゃねーだろ!!自分で言ってて悲しくなるわ!!」


疑ってるんじゃない。嬉しいの。そうかそうか、そうなのか。約半年、気になってたことをようやく聞けて、しかもこっちが望んでる答えだったんだから、もう天にも登る気持ちなのだ。

だからさ、彼女いないってことはさ。


「あたしが、立候補しちゃダメかな」

「・・・・・・は?」

「ゼットンの彼女に、なりたいんだけど」


ちょっと、急展開すぎただろうか。彼女がいないってわかって、喜びのあまり、距離をつめすぎてしまったかな。目の前のゼットンは、とぼけた顔をしたまま動かなくなってしまった。ゼットンはやっぱり、仲の良い女友達くらいにしか思ってなかったのかな。急に言われて、友達すら辞められちゃうかな。


「っっだーーーーーー!!!!!!」

「っなに?!?!」

「悲しそうな顔すんな!!」

「だってゼットンあたしのこと振るじゃん!!」

「振らねーーよ!!」


うん?

今なんて?


「俺から!!言う予定だったんだよ!!!!」

「おれから?なにを?」

「好きだって!!」

「あたしに?」

「おー!!!!」


そこまで叫んで我に返ったのか、ゼットンはすごい勢いで顔を赤くする。反対にあたしは、あまりの展開の速さについていけず、顔を赤くさせる暇もない。なんか今、あたしすごいこと言われたよね。

あたしのことが、好きって?しかも、俺から言う予定だったって?嘘?ドッキリ?そんな都合のいい話ある?夢?夢なのか?


「で?!?!どうすんだよ!!」

「どう、するって」

「・・・カノジョになんの、なんねーの?」

「なる!!!!」


あたしが叫んだところで、店中から拍手喝采が起こった。その瞬間、2人で気づいた。ここは店内で、あたしたちは個室に入ってるわけでもなく、普通の席に着いていて、途中から店中のお客さんに見守られていたと言うことに。

・・・恥ずかしさで死にそう。

目の前のゼットンは、隣の席のおじさんに「よかったなー!!」なんて肩を叩かれている。お店のあちらこちらから「かっこよかったぞ!」だの「おめでと〜〜」だのと、あたしたちを祝福する声が聞こえてくる。


「・・・ゼットン、2軒目、いこ」

「だな!」


喜びの方が大きいのか、ゼットン少し顔を赤くしながらも、その場に立って「どーも!お邪魔しました!!」と頭を下げた。会計の店員さんにまで「おめでとうございます」と見送られ、2人でお店を出る。


「今から、俺のカノジョっつーことで!!」


もちろん、次の日大学に行ったら、友達はおろか話したことのない人たちまで、あたしたちが付き合い始めたをことを知ってたりする。そしてそのお店は、告白成功スポットとして、繁盛することになるのだった。







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