その夜、ゼットンから珍しく”今から会えないか?”と、メールが来た。
普段は私に気を使って仕事の日は会おうだなんて言って来ないので、珍しいなぁと思いながら快諾し、指定されたお店へ向かった。
お店へ着くとゼットンはすでに来ていて、髪の毛をしっかりと決め、少し緊張したような面持ちで私を迎えた。
「ゼットンがこんなおしゃれなお店知ってると思わなかったよ〜!!」
「お、おお。そうだな」
何に緊張しているのか分からなくて、茶化すような物言いをしたけれども、ゼットンからは緊張が全く解けていない返事が返ってきた。
たしかに普段行くお店と比べたらお洒落なお店だけれどそんな緊張するような事もないだろうに、と不思議に思ったが、ゼットンの緊張が溶けるまで待つ事にした。
前菜、メイン、野菜、デザートと順番にコース料理を食べ、最後のコーヒーを飲んでいるけれど、一向にゼットンの緊張が溶ける気配がない。というか、コース料理が進むにつれてゼットンの緊張具合も増している気がするのは気のせいだろうか??
なにを話しても頓珍漢な答えが返ってくるのでいよいよ心配になって声を掛けようとしていた私にやっと気付いたのか、おずおずと切り出した。
「あ、あの。名前。お前とは4年付き合ってよ、その前の2年間も、6年間も世話になりっぱなしでよ、感謝してもしきれねぇ」
「突然何言い出すのよ!!そんなの私だって同じだよ。」
「いつもどうしたら名前に恩返し出来るのか考えてきたけど結局それ以上のもん貰ってる気がするしよ……それで、名前も言ってたけど、そろそろ転勤なんだろ??店長にも聞いた。だからってわけじゃねぇんだけどよ、俺のケジメとして聞いて欲しい」
「名前、俺と結婚してください。これからも、今以上に俺の側にいてください。」
ゼットンは懐から指輪を取り出すと、まっすぐ私の目を見て言った。
「俺よ、就職先決まってよ。地元近くの学校で教師できる事になったんだ。今まで支えてもらってばっかだったから、今度は名前を俺が支えたい。」
そう言われた瞬間に”就職決まって良かったね”や”私もいつも支えられてたよ”とか色々言いたい事はあったのだけど、言葉よりも先に瞳から涙が溢れ出した。
「……わ、私の方こそ。これからもよろしくお願いします。」
ゼットンの手を握りながら、涙で霞んだ視界でゼットンを見据え、精一杯の笑顔を作った。
「ところでよ、店長からなんか聞いてるか?」
帰り道。
今日はゼットンの家に泊まる事になり、手を繋いで帰路を歩いていると、思い出したかのようにゼットンが言った。
「店長?ああ、なんか就活で忙しそうだけどゼットン元気―?って聞かれたよ」
「……あの人とんだ狸だな。俺、あの人に相談してたんだぜ??今日の為に名前が休みの日見計らって髪の毛セットしてもらい行ったりしてよ」
「だから今日一日あんなニヤニヤしてたのか……」
今度2人で報告しに行かなきゃね。と、笑い合った。
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