▼12


「お疲れ様でーす。」
楼亜の別荘で花火をした翌日。学校が終わり、シフトがあったため喫茶店へ来た海斗。
「よ、海斗。昨日は楽しかったか?」
喫茶店の制服に着替えて、エプロンの紐を結びながら歩いていると厨房から白が顔を覗かせた。
「あー……、まあそれなりに。」
「微妙な答えだなおい。」
「はは。つまらなくはなかったっすけど…プラマイゼロって感じでした。」
海斗が曖昧に返すと白は渇いた笑いを残して厨房に戻った。
「あ、海斗さんどーも!!」
「よぉ、ちー坊。」
ちー坊と呼ばれたのは、この喫茶店C.Worldの店員の紅一点の千里(チサト)。神高の1年でピンクの短髪に眼鏡、そして低身長でエセ関西弁を話すのが特徴だ。
「昨日どっか行ったん?」
白との会話を聞いていたのか、トレーを胸に抱いたままトテトテと歩み寄ってくる様は、とても1つ下には見えない。下手したら小学生に見えなくもない。
「昨日は神高の奴らと花火したんだよ。」
「へ〜、えぇなあ。誰と行きはりました?」
「楼亜と愛咲っていう奴。あとOBのルカってのもいたぞ。」
「ほへ〜。さすが神威さんやな。人脈広いわぁ…。」
千里が目をぱちくりさせながらそう言えば、海斗はそういえばお前も神高だっけと零した。
「せやねん!!うちは庶民やから奨学金もろぉて行っとるんやけど……。」
そこまで言って千里は俯いて持っていたトレーをより力強く抱きしめた。
「ちー坊?」
「……金持ちって、金銭感覚ぶっ飛んでてむっちゃ怖い!!」
海斗が触れようとした瞬間、千里は勢いよく顔を上げて大声を上げた。
「だって学食で一番安いのが3万てなんやねん!!昼からフルコースて!!ノートが1冊500円すんのもありえへん!!!」
カルチャーショックや!!と抱いていたトレーを頭の上に乗せてうあああああと眼鏡を吹き飛ばさん勢いで頭を振った。
「お、おい。落ち着け。あー、これやるから。」
と海斗はポケットからレモン味の飴を差し出した。

「……うち小学生ちゃうもん!!」
子供扱いせんとって!!と今度はトレーで海斗をたたき出した。
「だー!!痛いしトレーへこむから止めろ!!」
「はい、そこまで―。」
千里が持っていたトレーを背後からするりと抜き取り、そのまま二人の頭に軽く落とした。
「マスターさぁん、海斗さんが苛めるんよ〜。」
「いじめた覚えはねぇ。」
「千里さんも海斗君も店内で騒がないでくださいね?」
にこりと微笑んでいるはずのレイルがとても怖い。背後からどす黒いオーラが漂っているように感じる。持っているただのトレーが凶器に見えてくるほどに…。
「マスター…って何やってんだお前ら。」
メモ帳とペンを片手に、いつの間にか離れていた白が現れて呆れ気味に言えば、レイルは黒オーラを仕舞った。
「強いて言うなら店員の教育…ですかね?」
くすくすと楽しげに笑うレイルに少し怯える海斗と千里。
「ほどほどにしとけー。あ、それでマスター。倉庫覗いたらコーヒー豆は大体あったけど、アールグレイが結構減ってたから買い足しといて欲しいんだけど。」
あとミルクとはちみつの減りが早いから大目に買っといて欲しい。それと…等々メモ帳を見つつレイルに報告する白。
厨房の中の事は白が中心になってるので、海斗と千里は邪魔にならないようその場を離れた。

店の裏手側から接客スペースの方へやってきた海斗と千里。
「カーイトっ!!遊びに来ったよん。」
そんな二人を目ざとく見つけて、歌でも歌うようにリズムに乗せて言った砕牙を見て、海斗は溜息を吐いた。
「あ、砕牙君や〜。」
「やっほーセンリちゃん。」
カウンター傍の2人かけテーブルに座りへらへらと二人に手を振る砕牙。
「センリちゃうで〜。」
うちはチサトやゆーてるがなと千里が言っても砕牙はセンリちゃんはセンリちゃんだよ〜と聞く耳持たない。
「だってその眼鏡、千里眼なんでしょ?」
と砕牙が問えば、海斗も千里も噴出した。
「お、まっ!!」
「なんやねんそれ〜。その発想はなかったわ。今度からそれ使わしてもらお。」
左手にメモ帳に見立てて書き込む仕草をする千里に、大事に使ってね〜と砕牙が親指を立てた拳を向けた。


「今日は砕牙一人か。」
店内はいつもの数人だけになり、ゆったりとした時間が流れだしたので、海斗と千里は砕牙のテーブルに椅子を追加して座った。
「そうなのさー。今回は二人とも部活だって。」
もっとオレに構ってくれたっていいと思わない?と砕牙がショコラッテを口に含めば、海斗がみんなお前みたいに暇じゃないんだよ。と頬杖をついたまま砕牙にでこピンをした。
「あうち。…ちぇー。あ、センリちゃんは部活とかやってる?」
「うち?うちはバリバリ帰宅部やで〜。バイトあるし、家の手伝いもせんとな!!」
「センリちゃん…いいこっ!!」
「砕牙君暑いわ〜。やめたって〜。」
勢いよく抱き着く砕牙を少し照れながら普通に流す千里。そんな二人を見ながら砕牙のショコラッテを飲む海斗。
「あっまっ。」
普段以上に眉間にしわを寄せてソーサーにグラスを戻す海斗を見て首をかしげる砕牙。
「そう?オレはフツーだけど。」
「海斗さんはコーヒー、微糖派やもんね。」
「まーな。砂糖とか入ってると後で口ん中、もさーっとしねぇか?」
「えー?オレは甘いもの好きだから別にー。」
「うちもどっちかというと甘党やね。海斗さんもなんだかんだでアメちゃん食うてますやん。」
千里がけらけらと笑えば、海斗は真顔で
「飴はいいんだよ。万人受けするから。」
と答えた。
「たしかにそーだよね。アメが嫌いな人ってあんまりいないよね。」
「せやね。あのアメは嫌やー!!ちゅーんはおるけどアメ自体が嫌いいうんはきかんな。」
「…確かにアメなら万人受けするな。」
「うわ、白さん急に出てこないでよ〜。」
海斗と砕牙の後ろから声をかけた白に、砕牙が驚きの声を上げた。
「白さん、新商品でも作るつもりなん?」
「う、おう…。マスターが、店に大量に人が来るのを嫌がるせいで売り上げがいまいちだからな。せめて手土産にできるものがあれば……なんて話してたんだ。」
「…それで飴っすか。」
「クッキーやケーキはありきたりだし、そんなんばっかだと女子しかこねぇしな。」
集団で来る女子高生は恐怖でしかねえ。自分の両肘を抱いて軽く身震いをする白に、三人は小さく苦笑を返した。
「まあ…そんな感じだ。あるもんで簡単に作ってくるから、お前ら待ってろ。」
「あ、うちも手伝いますよ〜。」
「いやぁ…ちーもこいつらと一緒に待ってろ。」
白は千里の頭をぽんぽんと叩いてから厨房に消えた。
「……白さんってセンリちゃんは平気なんだよね。」
「……。」
女に見られてないんじゃないか?という言葉をショコラッテと一緒に飲み込んだ海斗であった。
「海斗さん何また飲んでんねん。」
「…のど、渇いたから。」
「あ、ほんならうち、紅茶もろぉてくるわ。ストレートでえぇんやろ?」
「あぁ。…いや、俺が行く。」
「えぇって、えぇって。うちが持ってきますー。」
千里はそう言って立った海斗の肩を押して再び座らせて、厨房へ駆けた。
その後ろ姿を見ながら、海斗はほっと一息ついた。
「…このフェミニスト。」
両手を組んで肘をつき、その上に顔を乗せた砕牙が、横目でニヤニヤと笑いながらそう言った。
「……なにが。」
海斗が不機嫌そうにそう問えば、片腕を下して頬杖を止めた。
「べっつにぃ〜。」
グラスにさしていたストローでくるくると氷をかき混ぜながら楽しそうに笑う砕牙。
「………ばーか。」
「はーい。」
砕牙と反対の方を向いて頬杖と共に悪態をつく海斗に、砕牙はクスクスと笑った。
「…まるでカップルの会話ですよ。」
近くでため息が聞こえたと思えば、赤髪の少年、レクが椅子を運びながら近寄ってきていた。
「多大なる誤解を止めろ。」
海斗はそう言いながら席を立ち、レクから椅子を奪って自分たちのテーブルに寄せた。
「む、レクさん一人でできたですよ。…でも一応礼を言っとくのですよ。」
「はいはい。それでご注文は?」
レクを抱っこして座らせ、エプロンのポケットから伝票表を取り出す海斗。
「んーっと、ホットミルクをアイスで、紅茶入れといて欲しいのですよ。」
「えー…ミルクティーのアイス…っと。はちみつは?」
「いれるといいですよ!!」
「はいよっと。ご注文は以上で?」
「以上でー、ですよ。」
「あ、オレはショコラッテおかわり!!」
「はいはい。」
レクの毎度ながらの注文をこれまでの経験でこなし、常連の好みも覚えておく。海斗、バイト生活3年目の夏であった。


「ありゃ?海斗さん紅茶取りに来てん?」
カウンターで、紅茶をトレーに乗せていた千里が戻ってきた海斗に質問を投げかければ、海斗は伝票表を挟んでいるバインダーで千里の頭を軽く叩いた。
「ちげぇ、仕事だ。白さん、ショコラッテのアイス一つ!!」
「もうちょっと待ってろー。」
と白が返事をしたことを確認して、伝票を厨房の壁に貼り付ける。
「これ終わったなら借りるぞ?」
と千里からティーポットを拝借し、慣れた様子で紅茶を淹れていく。

「ちー坊。ミルク出してくれ。」
「あーい。」
グラスに氷を落として、濃いめに淹れた紅茶を流し込む。はちみつを瓶から2杯すくって混ぜ入れ、最期に適量のミルクを垂らせば完成。
「海斗、ついでに試作品持ってけ。」
砕牙とレクだろ?と小皿に2種類の長方形の飴をカラカラと乗せて、ショコラッテと一緒に差し出された。
「お前らも食えよ。はちみつとオレンジの皮混ぜたやつと、紅茶の葉を砕いて入れたやつな。」
と軽く説明をして、形はまた考えるからまずは味な。と言い残して談笑しているレイルと桔梗の元へ行った。


「…で、どうだった?」
ある程度食べたところで、白がやってきたのでそれぞれが感想を言う。
「レクさんははちみつのが好きですよ。」
「紅茶の方は悪くないが…口の中に葉が残るな…。」
「うちはどっちも好きやで〜。」
「オレもどっちも好きだけど、オレンジ以外のフルーツでもアリと思う!!」
「なるほどな…。」
持っていたメモ帳に軽く書き込みながら白が唸ると、レクが声を上げた。
「マスター達は何か言ってなかったですか?」
そう問われた白は、ペンでメモ帳を叩きながら軽く唸った。
「んー。はちみつの方はもう一つ足りない、って感じで…紅茶の方は問答無用で却下だった。」
「紅茶の香りがふわ〜っていい感じだったのに?」
「マスター曰く、紅茶は飲むものであって食べ物じゃないんだと。」
シフォンケーキは許可できたんだけどなーと頭をかく白。
「それはレクさんも思うですよ!!」
勢いよく挙手したレクに視線が集まる。
「だって紅茶飲んでるのに紅茶食べるとかくどいですよ!!」
「確かにな…。どうせなら紅茶のあてにできる方がいいよな…。」
いっそ紅茶の中に入れる用の飴とかか?とブツブツと自分の世界に入ってしまった白を放っておいて、学生たちは会話を続ける。
「レッ君はやっぱすごいね。」
「ま、当然ですよ。」
「うーむ。最近の小学生、侮り難しやね。」
「…千里はそんなこと言ってるから大きくなれないですよ。」
「ちょ!!うちの身長とか関係あらへんやろ!?ちゅーかあんたんが小さいやろ、レク!!」
「小学生のレクさんと大差ない高校生に言われたくないですよ。」
「うぅっ、……ちゃうねん、あんたがでかいんや!!せやろ!?」
「……俺にふるなよ。」
「オレはセンリちゃんくらいが頭ぽんぽんしやすいけどね〜。」
「それって子供扱いする前提の話やんけ!!」
「ええー!?いやいや、可愛い子はぐりぐり撫でまわしたくなるじゃん?」
「っ!?な、なに言うてんねん!!」
「砕牙のばーか。」
「えぇっ!?ちょ、カイト!!何さいきなり!?」
「…無自覚なのが一番タチ悪いですよ。」
「砕牙君なんて嫌いやー…。」
「うえぇ!?そんな、嫌わないでよー!!」
「嫌やー!!来んといてー!!」
「うぉっ!?な、なんだちー。どどうした?」
「白さん助けたって!!」
「白さーぁん!!」
「ちょ、お前らっ!?だ、っきつくなあっ!!」
「……今日も平和ですよ。」
「…だなぁ。」



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マスターの鉄槌が下るまで後30秒。
111130








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