▼09


楼亜と花火の約束をして早3日。約束の前々日、花の金曜日である。
海斗のバイト先、喫茶店C.Worldは本日も
「いらっしゃいませー。」
お客が常連さんのみという緩い状況で営業中です。

「……なぁ白さん。」
一通り作業が終わり、手の空いた海斗はバイトの先輩、白に話しかけた。
「なんだ、どうした?」
食器を洗いつつ言葉と視線を返す白に、海斗は店内を見ながらぼそりと呟いた。
「ここっていっつもお客少ないけど、潰れたりとかしないんっすかね?」
ぼけーっと海斗が白に言えば、白は渇いた笑いで答えた。
「確かにな。…ま、マスターがいいならいいんじゃないか?」
そう言って白は、常連の和服美人と話す我が喫茶店のマスター、レイルを見た。
「マスター…。仕事しないで読書してるし。」
「はは。姐さんが新作持ってきたんだろ。ならしょうがないって。」
姐さんと呼ばれた和服美人さんは、このC.Worldの常連さんの一人で吉原柳(よしわらやなぎ)という名前で小説を書いている。ベストセラーとかも出したことのあるわりと有名な作家さんらしい。たまに新作を持ってきては、レイルに感想を聞いているのがこの喫茶店の日常風景の一つになっていたりする。レイルは彼女の著書のファンらしく、彼女が来店すれば何かと一緒にいるのだ。
「……じつはマスターとデキてたりして。」
「………否定できないな。」
「…まぁ、無きにしも非ずってやつですよ。」
海斗と白が声がした方に目を向ければ、カウンターに座ってのんきにカップを傾ける少年がいた。
「なんだレク。あの二人の関係解ってるのか?」
「友達以上恋人未満ってところと思うですよ。お互いに好意を持ってるけど踏み出せないーって感じじゃねーですか?」
「……お前本当に小学生かよ。」
「レクさんはちゃんと小学生ですよー。義務教育の真っ最中なのですよ。」
「………最近の小学生って怖いっす。」
「いや、レクが異常なだけだと思うぞ。」
レク、と呼ばれた赤髪の少年はこれまた常連さんで、なかなか特殊なファッションセンスを持つ小学生だ。ちなみに現在の服装は「社長」とでかでかとプリントされた赤いTシャツに蛍光ピンクの袖のないパーカーを羽織って、黄緑の膝丈のズボンを穿いている。ちなみに靴は蛍光黄色の紐が通してある真っ青のスニーカーだ。
「レクさんはただの天才だからどぉってことないですよー。」
ぷは、と口から離したカップを目の前の海斗に差し出した。
「アイスティーをホットで。」
「……ミルクは?」
「はちみつ入れてストレートですよ。」
「……りょーかい。」
「レクさんはお客なのでちゃんとやってください。」
「…………かしこまりました。」
このレク少年、自称天才というが周りはただ変人扱いをしている。
「白さん、アイスティーをホットで、はちみつ入れてストレートだそうです。」
「あー……了解。」
厨房の方へ白が引っ込んだのを見送って、海斗はレクに向き合った。
「……なあレク。」
「なんですー?」
「お前って何者?」
「……レクさんはレクさんです。天才以外の何者でもないのですよ。」
ぷいと顔を反らすレク。その幼い横顔を見ながら、海斗はそうかと呟いた。

「おや、サボりですか?海斗君。」
ぼーっとレクの頭部を観察していたら、ふいに声が降ってきた。
「あ、マスター。」
端のカウンター席で和服美人と会話していたはずのレイルが、いつの間にか傍に来ていた。
「やぁ、五十嵐少年。きびきび働いてるかい?」
レイルの後ろから顔を覗かせた和服美人こと吉原柳。
「柳さん。…こうお客が少ないとやることもないんですよ。」
肩をすくめながらそういえば、和服美人こと柳は困ったように笑った。
「できれば本名の方で呼んでもらいたいんだがねぇ…?」
「えー…と?」
本名で呼べと言われてもわからないことには呼べないのだが、という意味を込めて困り顔でレイルを見れば、レイルは苦笑気味に桔梗さんですよと言った。
「五十嵐少年はあたしの名前を知らなかったのかい?」
「普通お客さんの名前とか知りませんって、桔梗さん。」
「ふふっ、確かにねえ?それは失礼した、五十嵐少年。」
「…あの。俺、少年って歳でもない気がするんですが…。」
もう高3なんですが、と海斗が言えば桔梗はくすくすときれいに笑った。
「あたしからしたら十分少年なんだが…ねえ?」
主殿、とレイルの方に顔を向けてにこりと口角を上げる桔梗。
「さて、どうでしたか。」
すく、と漏らすレイル。傍から見れば、妙齢の美男美女カップルが笑い合っているようにしか見えない。
「……やっぱり二人はデキてたりするんですか?」
カウンターに座ったままじぃっと二人を見上げながら、とんでもないことを聞いたレク。

その言葉に一度レクを見て、お互いに顔を見合わせる桔梗とレイル。
「主殿、お子様から見たらそう見えてしまうようだよ?」
「そうみたいですね。どうしましょう?」
「お子様とは失礼ですよー。」
「こんな色男とそんな関係だなんて、光栄だねえ。」
「僕としても、こんな美人を手に入れられるだなんて夢のようですね。」
「……無視とかひでぇですよ。」
「おやまあ、口が達者だこと。」
「お褒めにあずかり光栄です。もっとも、語るだけが口ではありませんがね?」
レイルはそう言って弧を描く自分の唇に指を這わせた。
「ふふふ、その達者な口で一体何を食らうのやら…。」
「願わくは貴女の御心を頂戴したく…。」
唇にはわせていた手を、お手をどうぞ?と言いたげに桔梗へ向けた。
「おお怖い。…残念ながら、食べられるのは御免だよ。」
差し出された手をじっと見つめたかと思うと、桔梗は大げさに肩をすくめて見せた。
「おやおや。フラれてしまいました。」
レイルがわざとらしく肩を落とせば、待ってましたと言わんばかりのタイミングで白が厨房から出てきた。
「レクー、紅茶できたぞー…と、マスターに姐さん。いつの間にこっちの席に?」
トレーにポットとカップ、ついでに瓶詰のはちみつを乗せてやってきた白に、視線が集中した。

「やれやれ、今日はもう御暇(おいとま)させてもらうかね。」
カウンターにお札と小銭を置いて、桔梗さんは店から出ていった。

「……マスター。脈ありなのになんで行動しねぇですか?」
白から紅茶を受け取り、一口飲んだかと思えばレクは唐突にそう聞いた。
「………お子様には解らない、大人の事情というやつですよ。」
レイルはそう苦笑して二階にある自室へと逃げた。
「ふぅ…大人ってめんどくせぇですよ。」
「…レク、お前本当に小学生か?」
「正真正銘小学生ですよ。」
そう言って優雅に紅茶を飲むレクが妙に大人に見えた海斗と白であった。

「あ、マスターにあいつの事聞くの忘れてた。」
楼亜のことを聞こうと思っていた海斗は、レイルが昇って行った階段を見つめてそう呟いた。
「あいつって誰だ?」
カウンター越しに、レクに紅茶を注ぎながら白が聞いた。
「ああ、神高の楼亜っていう…。」
「楼亜っ!?」
ガタッと勢いよく立ちあがったせいで、指に紅茶がかかった白。
「あっつ!!」
「何やってんですか、ダメ兎。」
「兎言うなクソガキ!!」
急いで厨房に指を冷やしに行った白に、レクがため息交じりにダメ出しをすれば、厨房から鋭い声が飛んできた。
「レク、なんで白さんが兎なんだ?」
零れた紅茶を雑巾で拭き名がら問えば、レクはさも当然だというように
「白くて耳が長くてヘタレだからに決まってるですよ。」
白くて、まあ色は白めだし、何より白髪だし。うん。
耳が長い、まあ髪型的に襟足が両サイドの二束が長くて耳に見えないこともない。
ヘタレ……ああ、女性に対してか。なんだかんだ言いつつ白は軽い女性恐怖症。女性相手にはびくびくして確かにヘタレっぽい。………本人には失礼すぎて言えないが。
「……なるほど。」
「納得するな海斗!!!」
指先に絆創膏を巻いた白が厨房から戻ってきた。
「…それでローアって誰ですかー?」
相変わらず優雅に紅茶を飲んでいるレクを軽く睨みつつ、白は話し出した。
「…楼亜は俺の2個下の後輩で、鈴高に忍び込んできた時に知り合って……。後は聞くな。」
どこか遠くを見つめて、諦めたように乾いたら笑い声をあげる白。…なんだか見ているこっちが痛い。
「…白さんって鈴高だったんっすね。」
初耳だと海斗が言えば、言ってなかったか?と白が首をかしげた。
「まあ言っても言わなくても特に何も変わらないしな。」
零した紅茶やらなんやらを片づけ終えた白がははっと笑った。

「ふーん…ならレクさんも高校は鈴高にするですよ。」
ぽつりと、レクが独り言のように零せば、海斗と白がギョッとしたようにレクを見た。
「おま、高校とか早くないか!?」
「そうだぞ。レク、お前まだ小学生だろ!?先に中学だろうが!?」
「将来のことを考えるのに早いも遅いもないですよ。レクさんは決めたですよ。」
カップを置いてニヤリと笑ったレク。
「レクさんは鈴高のボスになるです!!」
「「え゛。」」
「中学校は親の都合でどっかいくかもしれねぇですけど、高校は鈴高にするですよ!!」
ふふんと、自信満々に言ってのけたレク。
「あー…うん。頑張れ?」
「レクさんは本気ですよ!!」
「そーかそーか。じゃあ未来のボスにお酌でもしとくか。」
白はそう言ってレクのカップに紅茶を注いだ。
「今に見てるですよ。レクさんはいずれ世界を股にかけてやるですよ!!」
「野心があるのはいいことだぞー。頑張れー。」
「将来兎が職に困ってたらレクさんが雇ってやるですよ!!」
「おー。当てにしとくなー。」
「ふふふふー。」
上機嫌になったレクと、全く以て本気にしていない白。
海斗は、何となく白は保育士になった方がいいんじゃないかと思った。


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白さんはなんだかんだで子供好きっていう。

1101029





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