†7


繁華街の小さな花屋の店主と、その花束を気に入るナンバーワンホスト。

こんなに好きになって深入りした後で、出会う前の感覚に戻れる筈もない。

でも今は何も考えたくなかった。
ただ彼のために花を買う人がいれば想いを込めて花束を作って。
――出来上がった花束を彼女たちに渡すとき、少しだけ『羨ましい』と思う自分に気づく。

僕はこの羨望に似た嫉妬から目をそらしていたのかもしれない。辛いのは修也だけじゃなくて……僕が逃げたのは自分自身の辛さから…だったのかも。

ねぇ、修也。こんなに好きなのに…
ううん、好きだから……僕たちは出会っちゃいけない関係だったのかも知れないね。



ある日の昼下がり、お店を開けるとすぐに電話が鳴った。

『あの〜…花束の注文したいんですけど、いいですか?』

ハキハキとしているが少し照れたような青年の高い声が耳に飛び込む。

「は…はいっ、どんな用途のものでしょうか?」

固定の取引先からしかほとんど掛からない電話だったから、慣れない対応に僕も何となく緊張して答える。

『用途は///』さらに照れ臭そうに声がくぐもり…『プロポーズです』と聞こえて僕も心臓が跳ねた。

ブライダルはあっても、プロポーズ用のは///初めてだ。ドキドキする。花束が気に入られなくてこの人がフられたらどうしよう………い、いやその逆もあるってことだよね///お二人の幸せに一役買うために頑張らなくちゃ!


「女性用…ということでよろしいですね」

『はい、立場上は…そうですね』

「?……ご予算は…」

『1万円くらいで…大丈夫なんですかねぇ』

「クスッ…十分過ぎると思いますよ。それで雰囲気とか…リクエストは…何かありますか」

『う〜ん…淡い感じで………清楚で控えめな方らしいので』

「………らしい?」

『いや、ハハッ///忙しい上司に代わって注文してるんですよ』

「ふふ///大変ですね……お名前を伺ってもいいですか?」

『あ、宇都宮です』

今日の夕方本人が取りに行きますんでよろしくお願いします―――と、ペコリとお辞儀している姿が見えるかのように爽やかなやりとりの後、電話が切れた。



そして、夕方に………注文の花束を取りに来た男性を見て僕は唖然とする。

「部下が花束を予約したんだが……」

深紅のスーツに身を固めた見映えのする風貌………

はだけたシャツの褐色の胸元や、真っ直ぐに向けられた漆黒の双眸や、凛と結んだ口の端に浮かべる優しい微笑………

現れたのは紛れもなく、僕の愛する人だった。

言葉を失う僕に、彼は余裕の笑みを浮かべて語りかける。
「俺の大事な人へ贈る花束を…見せてくれないか」

僕は出来上がっていた花束を奥から抱えて持ってきて、顔をそらすように俯きながら修也に見せた。

「フッ………完璧だ。お前ごと持って帰りたいが、その前に……」
フワッと花束の重みがなくなり、
「吹雪」
と、大好きな声が僕を呼ぶ。

僕の身体も心も……全部を虜にする響きだ。

「今日はもうひとつ用事があって来たんだ」

胸の痛みに蝕まれながら顔をあげると、真摯で誠実な眼差しに囚われてもう身動きさえ出来ない。

「吉良産業グループ 事業開発部シニアマネージャー イシドシュウジ?」

僕は彼に手渡された名刺を読み上げる。

「お前に見せたいものがある。一緒に来てくれないか」

「え…でもっ…」

古株さんは配達に出てしばらく戻れないし、お店を空にするわけにはいかない……そう言うと彼はおもむろに携帯を取り出した。



そして数分後には僕らは黒塗りのセンチュリーに乗っていた。

「………い、いきなり可哀想じゃない?虎丸さん…慌ててたよ」

「大丈夫だ。アイツは小さな頃から店番には慣れてる」

運転手で同行していた虎丸さんに店番を任せて来てしまった。

「でも///宇都宮さんが虎丸さんのことだったなんて」

「クックッ…言わなかったか?……」
「聞いてないよ」

そんな他愛ない話を交わしながら僕は
とにかく……落ち着かない。

だって、センチュリーの運転席には修也…ってかイシドさん、助手席には例の花束。そして広い後部座席に僕はひとり座っている状態なのだから。

「こんなの…おそれ多いよ…」とそわそわしてしまう僕に、

「お前のためならなんだってするさ、言っただろう?」
お前を中心に俺の世界は回っているんだ………と、イシドさんは愉快そうに笑った。

そして、程なくしてこの繁華街の…僕らの店と反対側に位置するエリアに車が到着した。そこは僕らのお店周辺よりエグゼクティブな一帯だ。


『Bloom』と刻まれたお洒落な看板のドアをくぐり抜けると、その先にはダークな色合いを基調にした洗練された居心地のいい空間―――

「ここは?」

「1月から開店するシングルスバーだ」

「シングルス?バー?」

キョトンとする僕に、イシドマネージャーは「ビジネスパーソン向けの会員制『コンカツ・バー』」とニヤリと笑う。

「コンカツ………それにしては…シンプルな作りだね」

「だから添えて欲しいんだ。CHELSEAの花を、な」

「え…………」

そうか///
確信犯的に造られたたくさんの装花スペース的な空間づくりは……そういうことなの?ミラー使いも面白くて…僕の頭の中で装花のイメージがみるみる湧いてくる。

「その反応なら……CHELSEAにここのプロデュースを引き受けて貰えそうだな」

目を輝かせてイメージを膨らませていた僕はハッと我に返る。

「会場装花と……プロポーズの花束。つまりこれぞと思う相手には、こうして………」

目の前に、花束が差し出される。

「花束と共に想いを伝えるコンセプトだ。まずは第一号として、プロポーズ……受けてほしい」


「君は……もう…ホストを?」

僕が訊ねる震える声を包むように彼が遮る。

「ああ、恋愛ごっこは卒業した。ここの店長も虎丸に任せる。店が軌道に乗るまでしばらくはCHELSEAに転がり込ませて貰うぞ」

これからは、公私ともにパートナーとしてお前とより多くの時間を共有し、ともに歩みたい。そして……

「お前だけを、幸せにしたいんだ」


胸が一杯で声も出ない。
僕は―――花束を受け取り

差しのべられた褐色の手を
惹き寄せられるように取った。


まるで……運命のように。



florist work shop CHELSEA & singles bar Bloom…永遠の愛とともに始動

sincerity*完



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