「あなたは恋愛ごっこより経営ゲームの方が得意のようね」 千宮路と、さらにはその支援者と言われる闇のトップに会い、帰ってきた俺を見て社長は愉快そうに笑った 「新規出店に向けてトントン拍子に進めてるじゃない」 「それを言うなら猪突猛進だよね、君の場合」 基山も愉しそうに口を挟んだ。その傍らでは緑川が開店の準備を進めている。 「まあ、この店も一層活気づいた感じだし………」 社長が微笑むと、基山が肩を竦めた。 「姉さんが2号店出すの焦りすぎたんだよ。基地はひとつの方が…正直やりやすい」 「おい、それを言うなら゙お前たぢがひとつの方が…だろ?」 俺が含み笑いをしながら訂正すると基山が柄にもなく真顔で照れて、隣にいた緑川が「イシドくんっ///」と俺を睨んだ。 「それにしても、よくこんなに短期間で千宮路たちとも付かず離れずのいい関係を作り上げたわね」 「偶々です。切磋琢磨し業界自体を活性化するように……というのが向こうのトップの意向ですから」 「クスッ………スポーツマンシップみたいね」 「フッ……譲れるものと譲れないものを互いに話して来ただけです。ルールを破ったら今度こそ乱闘ですよ」 俺は誰にともなく、だが力を込めて言った。 2号店を撤退させ、俺は…ホストクラブ以外の新規事業を来月にも始める手筈を整えつつある。 新規事業スタートと同時に俺はプレイヤーから心置きなく足を洗うつもりだった。 だが………… 「いらっしゃいませ」 開店の10分前なのに来客した様子が伺える。 「あのぅ……イシドさん…」 ジャケットを着てゆっくりスタンバイし掛かっていた俺を小暮が戸惑い顔で呼びに来た。 「イシドさんを新規ご指名のお客様がお越しのようですが…」 「……………」 俺が微笑を作って迎えに出るとそこには……… 「吹雪……」 女装こそしていないが、性別を超えた綺麗ないでたちに俺は見とれる。 そしてその美しい恋人は手に持った優しい色合いの花束を俺にふわりと差し出した。 「これ…あなたに…」 「…………ありがとう」 俺は吹雪の瞳をまっすぐに覗きこみながらそれを受け取る。 「どうして…ここへ?」 吹雪は問いには答えずに被せた。あの日と同じ意味合いの言葉を。 「1時間くらいしかいられません…お店を人に任せてきてますから……でも、イシドさん。あなたに逢いたくて…」 どういうつもりなんだ?―――訝しみながら俺は呟くように問う。 「お前は恋人とわざわざ恋愛ごっこをしに…ここへ来たのか?」 吹雪は潤んだ瞳で俺を見上げて、それからはにかむように「そうだよ」と小さな声で答えて頷いた。 吹雪との1時間は楽しくて……あっという間に過ぎていく。 仕事じゃなく自然に溢れる感情のまま振る舞えばいいのだから当然といえば当然だ。 「………幸せな時間をありがとうね。そろそろチェックを…」 「いや、要らない。俺は仕事をしてないから…」 自然な恋人同士の時間を過ごしただけだ。俺の方こそお前との時間に癒されて…満たされたくらいだから。 「じゃあ…お言葉に甘えて奢ってもらおうかな」 吹雪は愛らしく笑った。 このまま家に連れ帰ってキスして……滑らかな肌とぬくもりを味わいたい衝動を抑えながら俺は頷く。 「………じゃ」 店のエントランスで手を振る吹雪。 「ああ、また後で…な」 「……………さよなら」 何故、気づかなかったんだろう。 このとき、吹雪が俺のもとから去ろうとしていたことに……… 勤務が明けて、家に戻ると吹雪は最小限の荷物と共に姿を消していた。 ダイニングテーブルには書き置きがあって――― 『僕は気づいたんだ。イシドさんも修也も同じくらい好き。君のこと全部好きなんだ。僕たち付き合いはじめて、君は暗い顔をするようになったよね。僕は今君を幸せにするために自分が何をすべきかがわからなくて。もどかしくて、すごく辛いです』 そして、最後の一文は… 『僕は一度、花屋に戻ります。君への花束を作ることだけは唯一僕が君にしてあげれる大事なことだって分かるから。逃げるようなことしてごめんなさい。さようなら』 と。 そうだ。 吹雪の言う通り、お前を愛し始めてから俺はずっと苦悩していた。 ホストという仕事は、お前に会うまでは割が良くて客の笑顔が見れて、嫌いじゃなかったが…… それはこの職業に就いている間は恋をしないと決めていたから。 それが、吹雪に恋をして。 イシドシュウジと豪炎寺修也を使い分けて公私の区別をつけようとしたが、不器用な俺には無理だ。 他の相手に笑顔一つすら見せるのが億劫で――― 運命の恋に落ちた俺には、 もう二度と 恋愛ごっこはできない。 たとえイシドシュウジの…… いや、どんな名を語ろうとも。 だから待っていて欲しい。 お前だけを幸せにできる手応えを掴んだら俺は、お前を迎えにいくから――― |