†5


イシドさんが内勤を入れるようになったから、花の仕入れを8割に減らした。

こんな依存状態じゃいけないんだけど
やっぱり彼あってのこの店で。

自力で売り上げを伸ばすために新しい開拓をしなくちゃいけないのかも知れないけれど、僕は今……何だかいっぱいいっぱいでそんな気になれなくて。

辛そうにも見える難しい顔をして仕事に終われてばかりの修也を…心配しながら見守ることしかできないのを、いつももどかしく思っていた。

起きてる時は必ずといっていいほど憂いに取り憑かれたような顔をしている彼の表情が毎日心残りで……

一緒に眠りについてもいつも何度か目覚めた。彼の寝顔見たさ無意識に目が開くんだ。

眠っているときだけは、眉間の皺も緩み穏やかな顔を見せてくれていたから……そんな彼を見つめて、やっと安心できる。



今日も早番の筈なのに、僕が店を閉めて戻った夜中の3時を過ぎて…彼はやっと帰ってきた。

「……吹雪?……起きてたのか?」

「おかえりなさい」

「あぁ……ただいま」

パジャマ姿でソファーに淋しく座っていた僕の隣に、いつになく機嫌良く座る君。

右手にはドンペリが握られていた。

「飲まないか?」

僕は戸惑った。

今までの君は僕の前でイシドシュウジの格好をすることを意識的に避けていた。
公私を区別する意味で。

帰ってきたらまずその深紅のスーツを着替えるのに今日は何故……?


どうしたの?君は誰?
修也?……イシドさん?
とにかく彼の機嫌の良さにつられて乾杯をする。

勢い良く飲み干したかと思うと、今度はおもむろに口づけられて……合わせた唇からドンペリが流し込まれてそのまま艶かしく口内を舌で愛撫される……

「……ん…っ……っ君は……誰?」

その質問に彼の動きが一瞬固まったように止まり、僕は何となくギクッとする。

「………誰でもない。俺は俺だ」

「…っ……んんっ……ぁ……」

「…ふぶき……愛してる…」

ああ………何だか訳がわからないまま、
イシドさんに犯されるように抱かれて乱されて、逆らえない。

イシドさん…という表現が合ってるかはわからない。けど少なくともいつもの…僕を優しく労って抱いてくれる修也じゃなかった。

切なさに軋む僕の身体を情熱的に抉じ開けられて……内側と中心は僕の意思とは関係なく挑発されて昂って、恥ずかしいほどの悦い反応を示してしまう。

「……ぁ……はぁ……や…だ…」
「く……っ…」

律動が速度と熱を増していき、僕を求める君の呻くような声が琴線に悩ましく触れて…


そのとき―――

『……参ったな』

というあの日の彼の言葉が………切ない快感に埋め尽くされた脳裏を過った。

『イシドシュウジとして出会った相手とは、恋をしないと決めていたのに…こんなに…お前に……惹かれてしまうとはな』

そう―――

彼の苦悩は僕と恋に落ちた瞬間から始まっていた。

そんな僕に彼を幸せにする術(すべ)はあるのかな?

愛されてることは十分に伝わるし僕は幸せだけど、彼を辛くさせては意味がない。

家族を背負っている彼が、高額な収入を稼げるこの仕事を簡単に辞めれる筈もない。それに僕の店だって、彼がホストを辞めたら回らなくなってしまう。

彼は今ホスト業から足を洗っても家族とCHELSEAを支えていける何かを求めて苦しんでいるんだろうけれど、世間はそんなに甘くないことは僕だって自営業を通して良くわかってる。

だからこそ…

ふと考えてしまうんだ。

イシドシュウジさんが何の葛藤もなくナンバーワンホストを務め、僕も何の疑問も持たずに彼への花束をせっせと作り続けていた頃の方が、僕らの関係は明確だったんじゃないかって。

あのときは少なくとも、僕は彼の役に立っていた。


『いつも有難う』

『えっ/////』

突然に抱きしめられた……あの日の君の香り。

『いつも、君の花束に心癒されていた』

と言ってくれた彼に、今の僕は……果たして癒しを与えてあげられているんだろうか?

修也なのかイシドさんなのか…とにかく情熱的な愛撫は止まるところを知らず、乱れて朧気にされた意識の中で僕は……答えのない思いをただ巡らせながら何度も絶頂を受け入れた……


翌日。

花も少なくなり仕事にきりがついたので店を閉め、早番の彼を……偵察に行ってみた。

ほぼ定時に店を出てきた彼の後ろから、藍色のロングヘアの凛とした雰囲気の女性……続いて大きな瞳を輝かせた短髪の爽やかな青年が出てきて、待たせていたハイヤーに乗り込んでいく。

彼の話から察するに、女性は社長で、青年が部下の虎丸さん………

疚しいことは何もない。彼がしばしば僕にしている話と寸分狂いない彼の素行を目の当たりにしてホッとしながらも、彼らが醸し出す仲間同士の親密な雰囲気に嫉妬したりして―――つくづく僕の心も我儘だ。

こんな自分も、
今の彼との関係も、
全てが靄に包まれてとらえどころがない。

僕は彼のために何をしてあげたらいいのか?

もどかしさに苛まれて、僕はただ自分の二の腕をぐっと掴んで奥歯を噛みしめた。




[*prev] [next#]