「行ってくる」 「行ってらっしゃい」 夕方、深紅のスーツに身を包みCHELSEAの勝手口から出る間際に「…修也」と呼ばれて振り返れば、頚にしなやかな両腕が回されて、甘い吐息とともに唇が押しつけられる… 俺は口づけを深くしながら吹雪の左腕をほどき、胸の前でその手を取り小指どうしをそっと絡めた。 ―――約束、しよう。今夜も。 俺の心はお前以外の存在に、微動だにしないから。 繰り返す…毎晩同じ約束。なのに…… 絡んだ細い小指には切実な力がこもる。 吹雪と暮らすようになって暫くもたたないうちに、俺は自分の職業に嫌気が差してきていた。 それを口や態度に出してしまえば、吹雪の気持ちも不安定に揺らしてしまうだろうから…隠してはいたが。 しかし元来俺は不器用な性分だった。 「イシドくん、ちょっといいかしら?」 午前3時。社長と店長だけになった店を後にしようとする俺を、社長が呼び止める。 俺が振り返ると、瞳子社長が腕を組んで立っていて、ドライな口調で切り出す。 「あなたが最近一途に舞い戻っている愛の巣へ…」 「………………?」 「あなたが浮き足立って帰る姿を――お客様の誰かが見たとしたら、彼女たちはその店で゙花゙を買う気になるかしら?」 俺は平静を努めていたが、瞳子社長は勘が鋭く相手を読むのに長けている。動揺が伝わっているに違いない。 「…………………」 俺の気を引きたくて花を買う女が、俺の恋人の作る花束を買う気になるかどうか?ということか。 答えはNOに決まってる。 「このままじゃ駄目なことは……解ってます」 「そう?どう解ってるというのかしら。イシドシュウジは恋をしないはずだったのでは?」 「そうです。だから…思い悩んでいる所です。もし俺がホストを辞めたら……」 俺は、社長の傍らで興味深げにこのやり取りに耳を傾けている店長の基山を一瞥し、次の言葉を躊躇う。 すると基山がすかさず「構わないよ」と口を挟んだ。 そして「君の大事な゙お客様゙たちは俺が全員引き受けたっていい」とクールに笑いながら、店長らしい言葉で語りだす。 SINCEREの店名の意味。 そして接客のコンセプト…… ナンバーワンホストの君ならよく知っている筈だよね? 『真摯に誠意をこめて』接すること。 「やる気のないホストは、いつでも辞めてくれていいから」 ただ、それで君たちの生活が 成り立つのかな――――――? 基山は店長であり、ホスト仲間で親友。さらには俺と吹雪の関係を知る数少ない人間のひとりだった。 「ああ。…よく……考えておくよ」 その基山の…シビアだが温もりのある言葉を胸の芯で受け止め、俺は店を出た。 遅番の日は―――CHELSEAには寄らずに自宅へ帰って、翌朝の吹雪の訪問を待つのが俺たちのルールだったが、今日はどうしてもCHELSEAに足が向いてしまう。 合鍵でそっと吹雪の部屋に入ると…花のような甘い香りが鼻腔を擽り瞬く間に心癒された。 奥のベッドには吹雪が静かな寝息をたてていて… 年齢よりさらに幼くみえる寝顔も…… この部屋に充ちてる吹雪の柔らかい雰囲気も……… 無機質な自分の部屋より断然好きなんだと改めて自覚する。 起こさないように、そっと頬に唇を寄せて「ただいま」と囁くと 「…………ん………しゅ…や」 と袖口を掴んでくるたどたどしい仕草に…ドキッとする。 そして……寝惚け眼をうっすら開いてとろんと見上げる瞳の色に思わず見惚れた。 「あ…れ?…なんで君が?………夢?」 「フッ…………かもな」 「うふふっ///夢でも…いいや」 嬉しいな………とゆらりと起き上がって抱きついてくる吹雪が愛しすぎて…胸が痛い程だ。 「ね…一緒に、寝よ///着替えておいでよ……あ…」 「………………」 「そうだ、お腹…空いてない?」 「…………いや……」 俺は胸が一杯になってただ吹雪の身体をしなるほど抱きしめた。 「………ど…した?」 「…お前に……飢えてる」 「………ふふ……」 「…………………」 「じゃ///食べるかい?」 可愛く誘われて……弱ってる俺の本能のスイッチが入ってしまう。 「ふぶき……」 「…ん…っ………ぁ」 ベッドに仰向けに押し倒されて、羞恥に目を閉じ眉をひそめながらも逆らわない吹雪が愛しくて 「………食べたい」 と耳朶に舌を這わせながら囁くと 「…ん…いいよ///僕で良ければ……ど…ぞ……」 と微笑混じりの健気な返事が返ってくるからつい愛撫が激しさを増してしまう。 「っ………ぁあ////」 羞じらう白い肌を露わにしていくと、頬を紅潮させただ声を殺して長い睫毛を伏せている吹雪にまたそそられて。 「楽にして…」 吹雪の゙はじめでを…… こんな形で乞うなんて。 でも………止められなくて、未知の感覚に悦びと不安が入り交じる複雑な表情を見つめながら、震えて竦む身体の奥へと結合を深めていく。 今…吹雪と行き着く所まで行きたくて。 そして、もう二度と離さないと何度も誓い、無垢な身体に自分を刻んでしまいたかった。 「……っ…!」 絡みつく熱の中に根元まで這入りこみ……あまりの快感に吐息を漏らした瞬間、吹雪は歯を食い縛り…顔を逸らして―――泣いている? 「……痛い…のか?」 「………うぅん……幸せ…で」 吹雪―――――――。 苦痛と紙一重の快楽に翻弄されながらも素直に返してくれる健気な反応に、何度も奮い起たされながら………白く美しい躯を空が白むまで愛し続けた。 この想いが俺の辿り着いた真実の愛の形なのだとしたら、 今まで俺が恋だの愛だのと思って経験してきたものは何だったのか。 それほどまでに、深い、熱い想いが 俺の心身から迸っていた。 |