†1


「……ぁふ……チュ……んっ……はぁ」

このまま…流されてもいい。
彼にすべてを預けて、どうなってもいい―――と。

覚悟を決めていた……

「…ふぶきは……可愛いな」

糸を引くように濡れた唇が離れて、絡めとられるように胸に抱きよせられて。

けどそこからはまるで夢から覚めたように……妹を宥めるような仕草で頭を撫でられた。

えっ………… 続きは………?
「……参ったな」

イシドさ……ううん、豪炎寺さんが腕をほどき、苦笑混じりに目を細めて…僕の瞳を優しく覗き込む。

「………どうしたの?」

「イシドシュウジとして出会った相手とは、恋をしないと決めていたのに…」

彼は僕を大事そうにもう一度抱きしめて、唇で額にかかる髪を掻き分けておでこを唇でなぞった。

「こんなに…お前に……惹かれてしまうとはな」

豪炎寺さんの余裕ない声に、ドキドキしすぎて胸が苦しい。

僕だって女の子にモテない訳じゃない。

花屋を開いてからは忙しくてそれどころじゃないけれど、それまでは、それなりに……


だからこそ、焦る。


君が普段どれだけ綺麗な女性に囲まれて疑似恋愛の時間を過ごしているのか容易く想像がつくから。

今、君を……もっと……もっと近くに引き寄せておかなければ、他の誰かに奪われてしまう気がして。

「豪…炎寺さん……」

もう一度僕から口づける。
深いキスに誘い込んで、もっと…もっと…僕のなかへと誘い込みたいのに…

どうすればいいの?

僕には柔らかい乳房も、君を潤いの中へ包み受け入れる場所もない。

ひとまず……口で気持ちよく………

夢中で深いキスを続けながら、思い切って彼のズボンのベルトに手を伸ばす………

「…………ふぶき」

「……あ……」

ズボンにかけた手を捕まれて、唇が離れた。

「吹雪……」

「豪炎寺さんっ///僕っ…」

君を繋ぎ止めたくて泣きそうな声になっている僕に、彼は優しく「震えているじゃないか。無理を…しなくていい」と諭した。

「………ご…えんじ…さん」

「…呼びにくいか?修也…でもいいぞ」

「しゅ…や?」

「そうだ、吹雪。焦らなくていい。俺の心はもう、お前のものなんだから」

「……そんな…………」

「吹雪だけを愛してる」

「///////」

「今のお前が知るのは、まだまだイシドシュウジだが…」

「ち、違うよっ……」

君は勤務明けに家族のための花を買いに来た。豪炎寺修也として。

妹想いの優しい君に僕は惹かれたんだ。あの日の君は………

焦る僕を落ち着かせるように、瞼に優しいキスが降る。
そんな君の誠実な仕草に、僕は少しずつ……心を落ち着けていく……

「吹雪。心配しなくても俺はお前に十分そそられているから……」

「………ホント?」

「ああ、本当だ。恥ずかしいくらいにな」

求めている言葉が次々と僕に優しく注がれる。

僕はただ嬉しくて切なくて…大好きで……豪炎寺さんにしがみついた。

素敵な君についていくのに、まだ僕は精一杯なんだ……。


「CHELSEAは水曜定休…なんだな」

夜も更けてしまうまで、豪炎寺さんは僕を腕の中で存分に甘やかした。
エッチ抜きでも相手を骨抜きにする扱いなんて、彼にはお手のものなんだろう。

「………ん」

すっかり甘えん坊になってしまった僕は彼のはだけたシャツ越しにうっとりと温もりと五感を傾ける。

「俺も、これから水曜に休もう」

「えっ?あの…無理しないでいいよっ」

彼と顔を近づけて話をしていたお似合いのシーンとともに、あの綺麗な令嬢の顔が浮かんだ。

あの人は毎週水曜日の常連客だとたしか黒服くんが言っていたよね……

「フッ………無理なことはない」

「……っ///でも…」

「いいか、吹雪。俺の世界はもうお前中心に回っているんだ」

「///////」

よくもまあ………こんなにキザな台詞を真顔で言えるもんだ。
そして真に受けてドキドキしてしまう僕も僕。



その日から……修也は、早番の日は僕の家に泊まりに来るようになった。
そして遅番の日は翌朝彼のマンションに僕が遊びに行く……という、半同棲生活が始まった。


そして、彼の言葉通り………
翌々週から本当に彼の定休日は水曜日になっていた。


器用で洗練されたイシドさんのイメージが………僕の中で変容していく。

僕を『愛してる』と言ってくれる君は、
どちらかというと……武骨で無口で、譲らない。純で真っ直ぐなひとだ。


「……あのご令嬢は…良かったのかい?」

「ああ。暇と言えばいつでも暇なんだ、あの人は」

「ふぅん…じゃあお忍びは別の曜日に変わったの?」

「いや、風水だか知らないが、俺との相性が一番いいのが水曜らしくてな…」

「はあ……」

「だが、どの曜日に彼女が来ても俺の態度は変わらない。勿論心もだ」

「…………」

良くも悪くも彼の言ってることは正しい。

彼の本音は、彼女との関係はビジネスだからいつも同じサービスを与える。
建前としては彼女には、いつでも優しくしてあげるから…ってところだろう。

「俺の言葉を信じるか、占いを信じるかは…自分で決めてくれ、と。伝えておいた」

占いを信じて水曜日に来たって俺はいないが……な。

「…………も〜、強気なホストだなあ」

「言っただろう?俺の世界はお前を中心に回っていると」

゙イシドさん゙は鼻で笑った。
そう、仕事の話をするとき、彼はたまにイシドさんの顔をする。


『今のお前が知るのは、まだまだイシドシュウジ』

あの日の君の言葉に今はとても納得がいく。


イシドシュウジは器用で皆に優しさを与えるとらえどころのない人物。

対して豪炎寺修也は………たった一人しか見ていない、一途で真面目な青年だから。

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