2

あんなに積極的に声を掛けてきたのに、意外と大人しくて控えめ。

とはいえ…

「あ、マフラーは軽く手で洗って…タンブラーには入れないでね」

「わかってる」

…少しお姫様だ。



雨も上がったのに、俺は何でコイツを連れて帰って来てしまったのか。

まあ夕食くらいは食べさせて帰してやろうか…と思ったのだ。

過呼吸が収まったとはいえ…もう少し様子を見てやらないと…



吹雪が部屋に入ると、無機質に整った部屋の空間に花を一輪いけたかのような可憐な空気に彩られ、心が和む。


風呂を沸かし「温まってこい」と送り出すと、水滴が滴るほどの濡れたままの髪で出てくるから、仕方なくタオルドライしてやった。

白いバスタオルの隙間から、気持ち良さそうに目を閉じたり、たまにチラリと上目遣いで様子を窺ってくる様子に……
『妹の事故』以来頑なだった俺の心は熱っぽく揺れた。





「ん〜……いい匂い」

「クスッ…………座れよ」


ダイニングテーブルにちょこんとついた吹雪の前に、カレーをよそった皿を置く。


「え///食べていいの?」

「ああ」


吹雪は嬉しそうに、俺が向いに座ったのを見届け、そっと手を合わせて「いただきます」と微笑んだ。


「………美味しい///君が作ったのかい?」

「いや…家政婦さんだ…」



ふうん……と吹雪は目を伏せて「お母さん、いないんだもんね」と、知ってるような口をきく。



不思議なヤツだった。





「ついでがあるんだ。お前の家まで自転車で送ろう」


食事が済んで、ソファーで一息ついていた吹雪に、乾いたユニフォームを渡す。


吹雪は何故かキョトンとしたような顔をしてそれを受け取り、笑顔を作って「ありがとう」と言った。


「着替えて…帰った方がいいのかな」

「………………」


そう言われて改めて俺は吹雪の格好を眺める。


俺が持っている服の中でも小さめのものを渡した筈なんだが、首回りが開き、肩幅を余らせたTシャツは五分袖みたいになって。

そしてストレッチ素材のはずのショート丈のランニングパンツを普通のハーフパンツのようにゆったり履き………
ダメだ、こう言っちゃ悪いが……


「変質者に狙われるといけない。着替えて行け」

「え、でも…寮まで送ってくれるんでしょ?」

「ああ。だが寮内だろうとその姿で歩き回るのは///良くない」

「………………?」


男子寮なんだろ?と聞かれて「当たり前でしょ」と屈託なく頷く吹雪を見て……心中穏やかでない自分に気づいた。




「君の用事は…何なのさ?」

「…………………」


吹雪を後ろに乗せて河川敷の道を登ろうとしてしばらく進み―――ふと方向転換する。



「?…………どうしたの?」

「お前も来るか?」

「…え……いいの?」




俺は黙って自転車で稲妻町立病院へ向かった。



そして吹雪を連れて「豪炎寺夕香」と書かれた表札の個室に入り、

父と出くわす。




「ああ、修也か……」

夕香のベッドから振り返り、俺を一瞥した父の目が背後の吹雪に移る。



「………吹雪くん?」

「豪炎寺先生///こんにちは」



吹雪を見る父の目は一瞬驚き、それから優しく細められた。

吹雪も……ほんのり頬を赤らめて、慕うように父を見上げて歩み寄る。



近づいた吹雪を見て父の顔つきがふと真顔になった。


「………マフラーは、どうしたんだ?」

「?」




最初何のことだかわからなかった様子だった吹雪が、ふと閃いたようにふわりと笑って「ああ…………今ね、乾かしてもらってます」と答える。


すると父が酷く驚愕した顔をした。



吹雪は無邪気に俺に向き直り「明日河川敷に持ってきてくれるんだよね」と見上げてくるから

俺はその瞳を見つめ返して―――こくりと頷く。




しかし、何故かやりとりの裏では胸の奥がジリッと焦げるような感覚を伴っていた。



[ 5/13 ]

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]