救世主と呼ばれ、運命を変えた少女は磔にされて業火に焼かれた。


「いつかの女の子と一緒だと思いませんか?」

「そうかな? 彼女は呪いによって身を裂かれたんだ」

「それはどこかの誰かさんにそっくりですね」


 薄く微笑む男にそう言えば態とらしく肩を竦められた。
 気障ったらしい仕草を無視して私は話を続ける。


「もう一人、磔にされた人をあなたは知っていますか?」

「さあ。歴史上には沢山いたんじゃないかな」

「そうですね。その男も、救世主と呼ばれ、人類全ての罪を背負って死んでいったんです」


 原罪。
 人は生まれたことそのものが罪ということ。最初の人間の罪がずっと続いているそうです。
 だから、その男はその全ての罪を自分の命で償った。


「その男は随分と傲慢なんだね。自分の命にそれだけの価値があると思ってるなんてさ」

「価値ならあります。なんたってその男は神そのものと言っても過言ではない人物だったのですから」

「でも、可哀想に。人の罪はなくならないよ。いつだって繰り返されるんだ。今だってそう。罪を背負った子供達が運命に弄ばれている」


 くつくつと喉の奥を鳴らす男に不快感を覚えながらも私は揺れる電車の外を見た。
 真っ暗でどこに向かっているのかもわからない電車。
 まるで私たちの人生と同じ。一歩先だって私たちには見えない。


「だから」


 私は見えないその先に必死で手を伸ばして、運命という輪を断ち切ろうと足掻く。
 何者にもなれないだなんて誰が決めたって言うの。私は自分の望んだ存在になってみせる。運命なんて信じない。


「だから、私はあなたの罰を代わりに受けます」

「シビレるねぇ。それは愛のため? 君にはなんの得もないのに」

「愛とは見返りを求めるものじゃありません。実りの果実なんて私はいらない」


 ただ与え続けるだけでいい。愛という目に見えない不確かなものを。
 口にしなくても誰だってそれを求めてる。私だって求めてた。だけど、気付いた。求めてるだけじゃだめなのだと。私が誰かを愛することによってその欲求は満たされる。愛が私の中にあるのなら、それを向けられなくたって構わない。


「母性愛ってそういう無償のものでしょう? 私は神になりたいんじゃない。全てを許して包むような母になりたい」


 なにもないはずの下腹部が痛む。私は決してそれにはなれないのだと言うように。
 でも、聖母と呼ばれた女は純潔を保ったまま子を宿した。ならば聖杯がなくとも母になることだって不可能じゃないはずだ。


「私は何者にもなれないなんて嫌ですし、あなたに幸せになって欲しい。だから、全てを捧げてあなたの罪を償うんです」


 自分を幽霊と語る綺麗な男の顔に触れる。ひやりとした頬はとても滑らかだ。
 一体どうしたら壊してしまいたいくらい世界を憎むことが出来るのか。冠ちゃんは陽毬ちゃんを奪おうとする運命を憎み、昌ちゃんは罪を作った両親を憎んでる。呪いの輪は広がっていくばかり。
 憎んだってどうしようもないのに。早く気付けばいい。世界は愛で出来ているのだと。そうすればきっと誰かを世界を愛さずにはいられない。


「君はどうしようもない子だね」


 泣きそうな顔で男は微笑んだ。私よりも大人のはずなのに子供みたいに見えて胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。
 私の意識はゆっくりと遠退いていく。今はまだ裁きの時ではない、と。
 ねぇ、自分は世界でひとりぼっちだなんて思わないで。
 運命の果実とも罪の果実とも呼ばれる真っ赤な林檎を一緒にかじりましょう。あなたの罪も呪いも全部分け合うの。
 そしたらあなたはひとりになれないでしょう?
 運命の列車が出発する音が聞こえたなら飛び込むわ。それを止める為にこの身を線路に差し出すように。


最終電車で会いましょう


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生戦さまへ提出
素敵な企画ありがとうございました


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