広い屋上に掠れた白線が引かれている。それは人間一人分の形を作っていた。その白い枠の中で彼女は眠っている。

「何してるんだ?」

言葉を降らせても固く閉じた目蓋は少しも動かない。
本物の死体なんて僕は見たことはないけれど、きっとこんな感じなんだろう。わざわざコンシーラーで唇の色を消し、血色悪く見せるのは仮病を使うためだといつか嘯いていたのを思い出す。

「雨が降るよ」
「濡れたくはないなぁ」

間延びした声。
薄く開いた唇から覗く口内は真っ赤で、彼女の血色悪い顔色とは不釣り合いに見える。

「起きてたなら返事しろよ」
「死体は喋らないもの」

投げ出していた肢体をゆっくりと動かして起き上がる。

「君は生きてる」
「そうね。心臓は動いてるわ」
「死体ごっこなんて気味悪い」
「そう? 生きてる方が気味悪いじゃない」

彼女は笑う。楽しくもないのに笑うその顔は酷く歪だ。

「心臓が動いてて呼吸をしていれば生きているなんてそんなの結局医学的な話でしょ。もっと哲学的に考えてみなさいよ」

生きているなんて誰が決めるの? 神様? そんなもの存在するかわからないじゃない。自分すら確かに存在しているとは言えないのに、この世界すら存在してるとは言えないのに一体何が生きているという定義になるのかしら。
つらつらと喋る彼女は無感情で気持ちが悪い。

「もしかしたらここで死ぬことによってどこかで生きることに繋がるのかもしれない。だとしたら、そのどこかから見たらここは死んでいるのかもしれない」
「意味がわからないよ」
「そしたら、そうだとしたら……」

彼女はその続きは言わなかった。
降りだした雨に更に顔色を悪くさせて屋上から出て行った。

「そうだとしたらなんだって言うんだよ」

いつかここから空を飛んだ生徒が居た。それは今日とは違って雲一つない晴天の日だった。
彼女は空を飛んだ生徒の片割れ。同じ細胞を分かち合った同じで違う存在。
片方は空の彼方へ、片方はここに残った。
彼女の飲み込んだ言葉を僕は聞きたくはない。それを聞いてしまえば終わってしまうような気がしたから。
彼女がチョークで引いた線の形は空から落ちてしまった少女の形。


ごくり、喉が震えた。



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