部活が休みだからゲーセンでも行こうと騒ぐ高尾を一蹴し、いつものように自販機に寄ってから図書室へ続く渡り廊下を歩く。ちらりと外の方を見れば見慣れた光景があった。


「緑間くんだー」


 その光景の中心に居た人物が俺に気付いたのか手を振りながら近付いてきた。


「部活休みなのにまた図書室で勉強? バスケ部はみんなえらいねー」


 感心したように彼女は笑う。この人の言うみんなとは大坪さん達のことだろう。同じクラスなのといつだか言っていた。


「先輩はまた水やりですか?」

「まあね。当番の子達がやらないからわたしがやんないとこの子たちがかわいそうじゃない」

「緑化委員も大変ですね」

「好きでやってるからいいけどね」


 ジャージに軍手。そのどちらにも泥がついている。
 大抵の生徒がサボる中、緑化委員長である彼女はいつもこうして泥だらけになったりしながら校内の植物の世話をしている。


「今日は新しい花の種植えてたんだよ」


 屈託のない笑みで先輩は言った。
 きっとその種が芽吹いて花を咲かせたところで気付く人などいないのだろう。この人はそれでも甲斐甲斐しく校内に緑を増やしていく。


「お陰で腰が痛いよ。日頃の運動不足が祟ったかな?」

「運動不足もなにもずっと同じ体勢で屈んでたら腰に負担が掛かるのは当たり前なのだよ」


 呆れながら返す。
 窓から見ていたが俺のクラスのホームルームが終わる前からずっと作業をしていて疲れない方がおかしい。


「……間違って買ってしまったのでよかったらどうぞ」


 手に持っていた缶を差し出す。先輩はきょとんとしながら何度か缶と俺の顔を見比べた。


「ありがとう、緑間くん」

「べ、別にたまたま間違えただけですから」

「こないだもそう言ってたよ? 緑間くんって案外ドジっ子だったんだねー」


 先輩はもう一度俺に礼を言ってからミルクティーに口をつけた。


「先輩はどうして緑化委員に?」

「好きだから」


 真っ直ぐな言葉に心臓が跳ねる。自分に向けられたものじゃないのくらいわかっているのに。


「真夏に草むしりとか地獄だし、たまに蜂に襲われ掛かるしで大変なことばっかだけど、好きだからやっちゃうんだよね」


 緑間くんが練習が大変でもバスケやってるのと一緒だよ、と笑う。


「何より自分が育てた花が綺麗に咲いたら嬉しいからね」


 花や緑が彩っている一角を見つめる先輩の横顔はどこか誇らしげだ。
 物事を続ける最大の原動力は好きという感情なのだろう。単純明確なその答えに妙に納得してしまった。


「あ、そうだ!」


 先輩はなにか思い出したように花壇に向かうと花を一輪切って戻ってきた。名前も知らないその花はさっき先輩が蒔いた水で濡れていて水滴がきらきらと光を反射している。


「緑間くんに“勝利の女神”をあげる」

「え?」

「オダマキの花言葉」


 渡された小さな花は“勝利の女神”と呼ぶには頼りなさそうだが、この人が毎日世話をしたものだと思うと本当にそう見えてくるから不思議だ。


「いつもミルクティーくれるお礼」

「だから、あれはただ間違えて買ったものであって!」

「じゃあ、頑張ってる緑間くんへのご褒美ってことで。いつもお疲れさま。ただあんまり無理はしちゃだめだよ」


 爪先を伸ばした先輩が俺の頭に触れた。
 赤くなってるであろう顔を隠そうと俯けば手の中の花が目に入った。“勝利の女神”は微笑むかのように僅かに揺れた。


どこまでも
   愛であってほしい



--------
まつげに流星さまに提出
素敵な企画ありがとうございます!

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -