普段は煩わしい蝉の声すら愛しいと思えるくらい特別な夏だった。だけど、それは俺にとってだけだったのかもしれない。



 去年も感じた張り詰めた空気。観客席にも選手の緊張感が伝わってくる。
 選手席を見れば真剣な顔をした星月学園弓道部が居た。全員で何かを話している。その中で真っ先に旭に目が行った。笑顔ばかり見てきたせいかその表情が新鮮に思えた。
 去年、個人戦で優勝した旭。あの時は正直月子しか見ていなかった。緊張して的を外してるのを見て胸を痛めたのを今でも覚えている。だから、あいつの弓をちゃんと見るのは初めてだ。二人で天体観測をした時に握った手はとても小さくてあたたかかった。そのやさしい手がどんな矢を放つのか俺は知らない。木ノ瀬君と同じように天才と言われていたのだけは知っている。
 仲間に頑張れと肩を叩かれているのを見て眉間にシワが寄る。去年とは全く違う自分。月子の時はこんなこと感じなかったのに。やっぱり月子に向けていた想いと旭に向ける想いは違うのか。そうだったならこれが俺の初恋になるんだろうか。宮地君に笑い掛けるあいつを見てまた胸が痛んだ。
 的の前に立つ旭は背筋をしっかりと伸ばし、ただその中心だけを見つめている。無機質な的にすら嫉妬するなんて俺は末期だ。
 旭の放つ矢だけを見つめ続けた。誰よりも美しい矢を放っていたように見えたけど結果は入賞止まりだった。優勝は月子だった。それでも、旭は暗い顔をすることなく自分のことのように月子の優勝を喜んでいた。
 全ての試合が終わり、俺は足早にうちの弓道部が居るところへ向かった。


「あ、錫也」


 真っ先に俺に気付いたのは嬉し涙を流していた月子だった。


「個人優勝おめでとう。男子の団体戦も優勝だし今年はすごいな」

「ありがとう! みんなで頑張ったからだよ」

「そうだな。ところで旭は?」


 月子と同じように泣きながら喜ぶ部員達の中を探しても旭が居ない。


「旭ちゃんならさっき宮地君がどこかに連れてっちゃった」


 後に続く言葉を聞くことなく俺の足は旭を探しに動いていた。
 宮地君がどうして旭を連れ出したのか。それが気になって仕方がない。もしかしたら告白でもするつもりなんじゃ。そうだったら、俺はどうなるのかと嫌なことを考えた時、優勝した直後だというのに険しい顔をした宮地君が目に入った。そのすぐ側に気まずそうにする旭も居た。


「どうして何も言わなかったんだ」

「だって、みんなに心配掛けたくなかったんだもん。優勝して欲しかったから士気を下げちゃうようなことになったらいやだったの」

「それでも、怪我が悪化したらどうするつもりだったんだ!」


 怪我? 旭が怪我をしてたのか?
 二人の会話を聞いて目を丸くする。そんなこと全く気付かなかった。多分月子達もだ。だけど、宮地君はそれに気付いた。


「わたしが怪我してたこと絶対に言わないで!」

「お前な……」

「月子がもしもこれを聞いて自分の優勝に疑念を抱いたらいやなの。ちゃんと月子が頑張ったから優勝できたって素直に喜んでて欲しいの」

「……わかった。話は合わせてやるからまずは医務室行くぞ」

「ありがと、龍之介」


 心底安心したように旭は笑った。俺はあんな顔を見たことがない。いつも笑顔は向けられてるけどあんな笑顔じゃない。
 逃げるようにその場を離れた俺は帰り際に旭の手首に巻かれた包帯を見た。


「試合の後、気が抜けて転んだ時に捻っちゃったんだ」


 どうしたのかと聞いたら笑顔と共にそんな答えが返ってきた。
 旭は俺に少しも弱さを見せない。そんなに俺は頼りないんだろうか。だから、俺は結局拒絶されたんだろうか。
 流れ星を二人で見た日、旭との穏やかな時間がずっと続けばいいと願ったのにそれは結局叶わなかった。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -