色付き出した紅葉と同じように教室も西日で赤く染まっていく。一方的な始まりの日を思い出してまた胸が痛む。あの季節がもう遠い昔のように感じる。
部活はないけどまた弓道場に行きたくなった。でも、鍵を借りに行く気力すら出ない。
冷たかったはずの机はいつの間にかわたしの体温でぬるくなっていた。でも、机で冷やしたかったわたしのほっぺはまだ熱い。ほんの一瞬触れただけなのにこの熱は治まらない。
「帰んなきゃな」
このまま弓を引いても集中できなさそうだし、部屋で寝てしまおう。
ゆっくりと立ち上がり鞄を持つ。扉の方に向かおうとしたらそこには錫也がいた。
「旭……」
金縛りにあったかのように動けなくなった。姿を見ただけで名前を呼ばれただけで心臓が早鐘を打つ。
迷いなくわたしの方に歩いてくる錫也に思わず後ずさってしまう。けど、すぐに窓にぶつかり逃げ場を失った。窓際の席なことを今ほど恨んだことはない。
「逃がさない」
わたしを閉じ込めるように顔の両脇に錫也の腕が伸ばされた。
「どうしたの、東月くん」
動揺を隠していつも通りの笑みを貼り付ける。背中に触れる窓ガラスの冷たさが唯一の現実のように感じた。
「笑うな。もうそんな顔で笑わないでくれ」
いまにも泣き出してしまいそうな声色に胸が締め付けられた。
「……今までごめん。俺が臆病だから旭に辛い思いをさせてきたんだよな」
「違うよ。東月くんはなにも悪くない」
私が勝手に傷付いただけで彼が気に病むことはなにひとつない。それを伝えたいのにうまい言葉が出てこない。
「東月くんはなにもしてないよ」
結局同じ言葉しか言うことが出来なかった。
「だからだよ」
「え?」
わたしの肩口に顔を埋めた。そのせいでどんな表情をしているのか見えない。
「なぁ、旭」
すぐ側で聞こえる声。
何も聞きたくないと逃げ出したいのに、錫也から離れたくない自分がいる。
「お前を寂しくさせたりしない。俺じゃダメか?」
いつか自分が言った言葉が聞こえた。
「今度はそんな思いさせないから。俺は旭が好きなんだ」
「……うそ」
「嘘じゃない。都合いいこと言うなって思うかもしれないけど、旭と居て気付いたんだ」
月子のことは好きだったけどこういう好きじゃなかった。大切な存在なのは変わらないけど隣に居て欲しいのは旭なんだよ。
耳のすぐ側で聞こえてくる言葉。それはずっと聞きたかったもので、自分が夢を見ているんじゃないかと思った。
「本当にごめん……好きだ」
うわ言みたいに好きと繰り返される。甘く甘く鼓膜に溶けていって感覚が麻痺する。
「信じてもいいの?」
震える唇で言葉を発する。例え相手が錫也でも人前では泣かないと決めてたのに目頭が熱い。
「わたしなんかでいいの?」
月子みたいにかわいくもなければ素直でもなくて弱くて逃げてばかりのわたしなんかで。
「俺は旭じゃなきゃダメなんだ」
横に立てられていたはずの腕がわたしを思い切り抱き締めた。その体温が全部信じていいよって言ってるみたいでわたしは泣いた。
「わたしも……錫也じゃなきゃだめだよ。錫也に大切にされてる月子が羨ましかった。月子じゃなくてわたしを見て欲しかったの」
言わないつもりだった本音を漏らすとさっきよりも腕の力が強まった。
「やっと見れた」
肩口から顔を上げた錫也が柔らかく微笑む。
「旭の泣いてる顔も本音も全部俺に見せて。俺だけに」
泣き顔を見られたのが恥ずかしくて俯こうとしたけど錫也の手がそれを阻止した。少し冷たい手が両頬を包むようにして上を向かせる。
「かわいい」
「なっ」
「これからは俺、我慢しないから。旭も我慢しないでわがままとかいっぱい言って欲しいな」
恥ずかしいけどそれ以上に嬉しくて必死に頷いた。
「錫也が好き……」
「俺は愛してる」
やっと始まった。今度は一方通行なんかじゃない。
弱虫なわたしを好きになってくれてありがとう。もう自分から逃げたりしないよ。このぬくもりを手放したくないから。