掴もうとすればする程掴めない桜の花びら。それと同じようにあいつも俺から逃げていく。大切なものはこの手をすり抜けていくんだ。
震えていたあの背中を思い出し、走り去る旭を引き留めることがまた出来なかった。こうして積み重なった後悔が俺の身動きを取れなくしていく。
一瞬だったけど久し振りに旭に触れた指先を眺める。愛しいともっと触れたいと思ってしまった。
「ねぇ、錫也。聞きにくいんだけど旭ちゃんと別れたって本当?」
躊躇いがちに聞いてきた月子の問いに俺は答えられず、力ない笑みだけを返した。
「その笑い方、旭ちゃんにそっくり」
「え?」
「そうやって笑う時の旭ちゃんと今の錫也はおんなじ気持ちなんじゃないかな」
今の俺の気持ち?
旭と別れたくないけど、旭は俺と別れたがっている。気持ちと現実が噛み合わなくてもどかしい。
「旭ちゃんはいつも笑ってるけど、時々ちゃんと笑えてないの。きっとその裏で泣いたりしてるんだろうなって思う」
月子は人の心の隠した部分を見落とさない。だから、旭のことにもちゃんと気付いていた。
「旭ちゃんを一人で泣かせたりしないで」
「……旭には宮地君が居るよ」
自分で言って泣きたくなった。でも、月子はぶんぶんと大きく首を横に振る。
「違うよ。宮地君は旭ちゃんを泣かせられるかもしれないけど、涙は止められないんだよ」
強い光を宿した目が俺をまっすぐ見つめる。
「それはきっと錫也にしか出来ない」
まるで自分のことのように泣きそうになりながら月子は言う。だけど、俺はそれを否定したくなった。
そうであったらいいのにとは思うけど、旭は俺から離れていった。つまり、俺じゃ駄目ってことだろ。
「このままでいいの?」
嫌だ。
だけど、俺に何ができる? 俺は傷付けてしまっただけで、あいつの涙を止める術を知らない。
「なにもしなかったらなにも変わらないんだよ。きっと、そのことにもっと後悔して心が押し潰されちゃう」
その言葉にはっとした。
後悔が俺を動けなくさせたんじゃなくて、行動しようともしなかったから後悔していたんだ。
心が悲鳴をあげるように叫んでる。
「俺は……旭が好きだ。他の誰かじゃなくてあいつが好きなんだ」
「それはわたしにじゃなくて旭ちゃんに言わなきゃ」
諭すように言う月子に頷く。
何もしなくても旭を失ったままなら今さら怖がることはない。失うものはないんだ。
「ありがとう」
「辛そうにしてる二人なんて見たくないもん」
俺の背中を押すように微笑んだ。
傷付けてばかりでごめん。曖昧に笑わせていたのは俺だったんだよな。なのに俺は自分だけが辛いんだと勘違いしてた。今だってお前のが辛いはずなのに。もう遅いって言ってもいいから俺の話を聞いてくれないか。今度はちゃんと伝えるから。