季節の変わり目は病気になりやすいと言う。恋だって一種の病。なのに春の終わりにかかったこの病は治る兆しを見せない。
窓の外を見れば天文科が体育の授業をしていた。見たくないと思うのにわたしの目は錫也を追っている。
「コラー、朝比奈! 俺の授業中に余所見するなっ」
はっとして前を向けば、拗ねたような顔をした直ちゃんがわたしを見ていた。
「直ちゃんがちっちゃくて見えなかったから」
そうおどけて見せればまた直ちゃんが怒る。教室内に笑い声が広まった。それと同時に授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
「チビって言うな! 罰として朝比奈はこのプリントを七海に届けろ」
「なにそれ! めんどくさい! 横暴だー」
「七海と仲いいんだからこれくらい引き受けろ」
半ば無理矢理プリントを押し付けられる。担任である自分が届ければいいのに。なんで学科の違うわたしが行かなきゃいけないんだ。
渋々天文科の教室まで向かう。錫也がいるから行きたくないのに……。
「七海ー」
教室の前で七海を見つけた。一人でいるなんてついてる。神はわたしに味方した。そう喜ぶ一方で寂しいと思ってしまう自分がつくづくいやだ。
「直ちゃんから愛のプレゼントだよ」
「は? なんだよ、それ」
「七海が授業サボるから特別課題だって。わざわざ届けてあげたんだからちゃんと提出してよね」
プリントを見て眉をひそめる七海に念押しする。提出しないと届けたわたしにまで被害があるかもしれない。
「げ、全然わかんねー」
「七海がバカだから」
「なんだと?」
「いひゃい」
ほっぺを引っ張られた。そのせいでうまく喋れない。わたしの顔を見て「変な顔だな」と笑いながら七海がもう片方のほっぺも引っ張ってきた。伸びて戻らなくなったらどうするの、と口を開こうとすると別の手が七海の手をやんわりと退けた。
「何してるんだ、哉太」
「す、錫也」
七海だけじゃなくわたしの顔までひきつりそうになる。
「悪いな、旭。痛かっただろ? 赤くなってるぞ」
ほっぺに錫也の手が触れて思わず後ずさった。
「へ、平気だから。じゃあ、わたし用事あるから戻るね!」
崩れてしまった笑顔を元に戻して二人に背を向ける。廊下は走るなって直ちゃんに見つかったら怒られそうだけど今はそんなこと気にする余裕はない。
錫也が触れた場所が熱い。まるで何事もなかったかのように普通に接してくれたんだと思うけど、あんなに近付かれたり触れられたりしたら心臓がもたない。ちくちくと痛んで苦しい。
あんな風にできるなんてやっぱり錫也にとってわたしはどうでもいい存在だったんだろうな。
「……あんなに泣いたのに」
また涙が出そうになる。
自分から逃げ出したのに泣くなんてばかみたい。こんなに後悔するとは思わなかった。