もう夏の気配はどこにも残っていない。蝉の声は気付けは鈴虫に変わっている。こんな風に穏やかにわたしの気持ちも消え去るだろうか。



 弓道は好き。だけど、自分の弓はきらい。
 インターハイ前日に捻ってしまった手首はもう完治し、練習できなかった間に鈍った勘も取り戻した。お陰で今放った矢は皆中した。


「本当、わたしにそっくり」


 弓は心を映す鏡と言う。
 皆中した矢を見ればわたしは平常心に見えるだろうけど、実際は少しも落ち着いてない。雑念ばかり。
 嘘つきなわたしは嘘つきな弓を引く。だから、きらい。


「お前は器用なんだか不器用なんだかわからないな」


 今日は練習はないからここには誰も来ないはずなのに龍之介が居た。驚いたけど、心のどこかでやっぱりと思う。


「わたしに不器用って言ってくるのは龍之介くらいだよ」

「不器用だと思わせないようにしているからだろう。それができるから器用と言うのかもしれないが」

「龍之介にはバレちゃってるからやっぱり不器用かも」

「なにかある度に目の前のものに打ち込むのは旭の癖だからな」


 幼馴染みは厄介だと思う。幼い頃から一緒にいたせいか、わたしが必死で隠してる感情を龍之介はこうして簡単に見つけ出す。
 小学生の時、友達と喧嘩した時も泣くのを堪えながらゲームに集中していたら「不器用だな」とわたし以上に不器用なはずの龍之介に泣かされた。


「東月と別れたのか?」

「耳が早いね」

「聞かなくてもお前の態度を見てればわかる」


 わかるのは龍之介くらいだってば。わたしはいつも通り笑えてるはずだし、何も変わってなんかない。


「人の色恋に口を挟む気はないが、自分の気持ちから逃げるな。辛いなら辛いと言えばいい」

「言ってもどうしようもないのに?」

「吐き出すだけでも少しは楽になるだろ。お前は十分頑張っている。無理するな」


 わたしは弱い。器用でもなければ、なんでもできるような人間でもない。でも、それを全部隠してる。弱さを知られたくないから強いふり。なにもできないのを知られたくないからできるようになるまで必死に努力をした。弓道だってそうだ。練習を重ねて四段を取り、去年はインターハイ優勝をした。天才なんて言葉はわたしには相応しくない。
 この努力を弱さを龍之介だけは知っている。


「辛いんだろ?」

「……辛くないわけないじゃん」


 錫也と別れた日から堪えてきたものが溢れ出す。
 学園に二人しかいない女子。可愛いげのないわたしに反して月子はかわいい。わたしと違って本当に強さを持ってる。彼女を守るナイトもいる。そんな月子と比べられたくなくて長かった髪を切ったり、なんでもできる振りを続けた。
 わたしは一人でも平気だと言い聞かせてたはずなのに、彼女のナイトを好きになり、傷心したところに付け入った。一人でなくなったはずなのに、わたしはやっぱり一人だった。


「無理だってわかってたけど好きになって欲しかった。わたしを見て欲しかった」


 一緒にいても寂しくて、手を伸ばしたかったけど振り払われるのが怖くてわたしは逃げ出した。まだ好きだと言う自分の心の声に背を向けて。


「そうか」


 責めるわけでもなく、ただただわたしの背中を撫で続けてくれた。
 わたしも龍之介みたいに振り向いて貰えなくても自分の気持ちを素直にぶつけていたらここまで苦しくはならなかったのかもしれない。





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