近所迷惑を考えていないかのようなインターフォンの連打に呼ばれ、玄関に向かう。

「新聞でーす」
「投げ飛ばすよ」
「こわっ! あだなが言うと冗談に聞こえないからやめてくれよぉ」

 そりゃ、こっちは本気なのだから当然だ。
 今以上に他人の笑顔が忌々しいと思った瞬間はない。

「こんな朝からなんの用?」
「ほい!」

 号外と書かれた手書きのちらしを渡される。

「おれもこないだついにめんま見ちゃってさー。こりゃみんなでやるしかねぇって気合い入りまくりなんだよ」
「発言の意味がわからないし、このチラシの趣旨もわかんない」

 めんまに納涼にバーベキュー。取り合えず夏っぽいことにめんまの名前を書き加えただけじゃない、これ。
 まだ覚醒しきらない頭で冷静に思った。

「細かいこと気にすんなって! じゃあ、また夜に」

 返事をする前に久川はさっさと新聞配達に戻って行った。てか、これってポストに入れとくだけでよかったんじゃ……。

 学校についてからも携帯と睨めっこしながら断りの文を考える。わざわざ自分から傷を抉りに行く趣味はない。
 私はもう忘れてしまいたいんだ。何もなかったかのように過ごしたいだけ。ようやく前の学校で少しは笑えるようになったっていうのに。
 画面から視線を上げれば、松雪と鶴見が二人で話していた。あの二人はどうするのだろう。気になりはしたが結局声は掛けなかった。
 蝉の声も人の笑い声も全部が耳障りだ。痛む頭をおさえて席を立つ。
 帰って眠ってしまおう。
 そう思っていたのに、私は何故か懐かしい山道を歩いていた。
 結局気になってしまうんだ。忘れたいのに忘れたくない。会えるのなら私だってめんまに会いたい。

「ごめん、遅れた」
「おーあだな!」

 秘密基地の前でコンロを出していた久川が大きく手を振っている。その近くに居るのは宿海か。鶴見と白のワンピの女の子が居るってことは安城か。眼鏡じゃないんだ。


「宿海と安城だよね? 久し振り」

「お前、帰ってきてたんだな」

「まあね」


 驚いた顔してる宿海に返事をした瞬間、肩の辺りが重くなった。同時に懐かしいような花の香りがした気がした。


「一応野菜とかジュース持ってきた」


 両手に持っていた袋をひとつ宿海に渡す。


「紙コップとか皿まで入ってる」

「そういうの用意してないと思って」

「さっすがあだな。わかってる〜」
 やっぱり盛り上がるだけ盛り上がって細かいことに気が回らないのは変わってなかったか。


「えっと、久し振り。元気そうだね」

「安城も。雰囲気変わったね」

「そう、かな」


 少し照れたように髪をいじる安城。今の高校には居ないけど前の高校にはちょいちょい居た今時って感じの雰囲気だ。


「そういえばみんな何持ってきたの?」


 そう聞きながら視線を動かせば、何が入っているのかわからない鍋とバイエルン、ロウソク、花火しかなかった。ため息が出そうになるのを必死で飲み込む。


「鶴見、松雪は?」

「なんで私に聞くかな。多分来るんじゃないかしら」

「じゃあ、あいつのことだから大体は持ってきてくれるか。久川、包丁ある?」

「下ごしらえなら手伝うよ」

「ありがと」


 久川に包丁を借りて秘密基地の中で野菜を切る。安城にはバイエルンを任せたけどなんか手の込んだ切れ目を入れている。


「カニってどうやるんだっけ?」

「両端に切れ目入れて真ん中にもこうやって」

「そうだった!」


 また花の香りがした。やさしくなるような泣きたくなるようなそんな匂い。
 外からぬるい風が吹き込んできた。




ゆらゆらり










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