恥ずかしげもなく大口を開けて欠伸をしながらカーテンを開ける。まだ昇りきらない朝日が眩しい。サンダルを足に引っ掛けて外に出る。この時間の気温は丁度良い。

「早く起きすぎちゃったな」

 ぐっと腕を伸ばす。我が家に居るというのに緊張しているのかもしれない。もうすぐ終わる夏休みのその先に対して。

「あっれ〜あだな?」

 懐かしい呼ばれ方。視線を道路に向ければバイクに乗ったガタイのいい男の子が目を輝かせていた。その表情が記憶の中のものと重なる。

「もしかして、久川?」
「せーかい! でも昔みたいに呼んでくれよぉ。ゆきあつといい冷たいなー」
「ゆき……松雪とも会ったの?」
「ちょうどこっち配達くる途中にな。それより、あだな知ってるか?」

 昔と変わらないテンションの高さ。こんな早朝にも関わらずエンジン全開だ。

「じんたんてばすっげーんだよ! めんまを見たって言うんだ」

 かっけーよなぁ。
 そんな声を聞きながらわたしは固まってしまった。

「めんま……?」
「そうなんだよ。なんか願い事を叶えてくれって言ってるらしいんだ」


 何を言ってるの? 意味がわからない。だって、めんまは、あの子は、もうここにはいないんだよ。

「……おもしろくない冗談だね」

 笑えない。笑える訳がない。
 帰ってきて早々にわたしが逃げてたものが向かってくるなんて皮肉もいいところだ。

「冗談じゃないんだって。んで、めんまの為にのけモンやろうってことになったんだよ」
「そう。がんばって」

 適当に返事をする。
 どうしてめんまのお願いがのけモンになるの。もしもあの子が本当に現れたのだとしてもそんなお願いのはずはない。
 話せて満足したのか久川は自分のアドレスを渡して「またな!」と走り去っていった。
 あの夏の日がわたしを責め立てる。逃がさないと許さないとでも言うように。


 ──あだな!


 花が咲いたみたいな笑顔を浮かべる子だった。天真爛漫ででもちょっと抜けてて放っておけないような妹みたいな存在だった。 そんなめんまがわたしは大好きだった。


 ──あのね、みんなにはひみつだよ? めんまね……


 頬を染めながら教えてくれためんまの秘密。
 そんなの聞かなくったって見てればすぐにわかることだったけどわたしにそれを打ち明けてくれたのが嬉しかった。
 だけど、わたしはめんまを裏切った。大好きだったのに、本当に大好きだったのにわたしは自分のためにあんな狡いことをした。


 ──めんまは、じんたんがすきなんだよ


 あんなことさえ言わなかったら。そしたらきっとあの日何も起きなかった。わたしの軽い言葉があいつを焚き付けてしまったんだ。だから、めんまは……。
 自分のせいじゃないと思いたかった。自分のしたことを忘れてしまいたかった。あの子がいないという現実から逃げ出したかった。
 わたしは弱いから真っ先に離れることを選んだ。みんなから離れて、次はこの町から離れた。
 だけど何一つ色褪せることなくわたしの中には残っている。楽しかった思い出も大好きだったあの子のこともみんなのこともあの日の出来事も自分がしてしまったことも全部全部残っている。



四角の中のぼくたち
(忘れたいと思ってるのに、あの頃の写真をしまうことができずにいる)










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