電車は結構空いていた。松雪と安城が向き合うようにボックス席に座る。わたしは無言で安城の後ろの席に座った。 「なんでそんなとこ座ってるの?」 「気にしないで」 顔を向けることなく答えて窓の外に視線を投げる。ゆっくりと動き始めた電車。景色が次々と変わっていく。 居心地がいいとは言えない沈黙。話が尽きることのなかった小学生の頃とは違う目に見えない距離を表してるようだ。 「男に絡まれる女を助ける。俺の人生の中で最もベタな行動だな」 「助けるってあれが? 実際投げ飛ばして引っ張ってくれたのはあだなじゃん」 「頭も顔もいいけど残念ながら腕力は乏しい。代わりにみょうじは昔から柔道やってるから強い。適材適所ってやつだ」 「なにそれ」 小さく安城が笑う。 背中で話を聞いていたわたしもなんだそれはと思った。でも口は挟まない。わたしはいないものとして扱ってくれ。 二人の会話と電車の音を聞きながら目を閉じる。 「俺と付き合ってみないか?」 ぴたりと時が止まる。安城の慌てた声がしてるが何を言っているかまではわからない。完全に頭がオーバーヒートを起こしている。 確かに居ないものとして欲しいとか思ったよ。思ったけども、自分に告白してきた女が居る前で別の人に告白するか? 流石に傷付くんですけど。 じわじわと涙腺が緩み始めた時、電車が止まった。 「俺達は取り残されちまってんだ」 松雪が言うのと同時に窓の外を快速列車が通過して行った。まるでわたし達みたいだと思った。 熱いものがわたしの頬を伝う。 再び動き出した電車の中は静かだ。安城も松雪もわたしも何も喋らない。 あの頃のようには戻れない。それでもわたし達はまたこうして一緒に居る。あの日に時間が止まってしまったのが自分だけではないと確認し合うように。 トンネルを抜けた窓の外は人工的な光に溢れていて眩しかった。騒がしそうな景色はとても遠い。窓ガラスに映ったわたしはやっぱり酷い顔をしていた。バレないように小さく鼻を啜る。 駅に着くと二人に顔を向けることなく電車から出た。改札を抜けて早足に歩く。 逃げてばっかりだ。 「あだな! あ、歩くの速いよ」 走ってきたのか安城は肩で息をしている。 「ごめん?」 「なんで疑問系かなぁ」 「なんとなく?」 「ほら、また」 なんで追い掛けてきたんだろう。確かに途中まで道は同じだけど一緒に帰らなきゃいけないってことはないのに。 「さっきの話聞こえてたよね……取り残されてるって」 「うん」 「あだなはさ、どう思う?」 それが聞きたくて追い掛けてきたのか。松雪のことどうしようだったら全力で逃げてだろうな。 「松雪の言う通りだと思う。わたし達はあの夏にまだ居るんだよ」 誰もが宿海の見てるというめんまに必死になってる。それだけで十分わかるはずだ。 「……あだなも?」 控え目に聞いてきた。安城の瞳はゆらゆら揺れていた。まるであの川の水みたいだ。 「わたしも。だから逃げたのに結局帰ってきちゃった」 進んで帰ってきたんじゃない。ただ偶然が重なっただけ。でも、これをきっと運命と呼ぶんだろう。 振り返らない (だってそこにいるから) ← |