後ろからわたしと宿海を呼ぶ声が聞こえる。宿海も同時に走り出したみたいだけど足はわたしのが速いから姿は見えない。
 それよりも確かめなきゃ。だって今のは……。
 懐中電灯を持ってないからかすぐに見失ってしまった。まだ近くに居るはずだと視線をめぐらす。
 どくどくと心臓が大きく鳴っている。


「あーあ! そんなでかいガタイしていくら脛毛剃っても相当無理があるわよ……ゆきあつ!」


 鶴見の声が響いた。
 がさりと鳴った草の音。


「いたぞ!」


 慌てて追いかける。
 走るめんまの髪の毛が木の枝にひっかかりずるりと頭から離れた。白いワンピースを着たあいつはどさりとそのウィッグを拾おうと地面に倒れた。
 追い付いた久川達が明かりを向ける。今度ははっきりと顔が見えた。


「やっぱり」


 泣きたくなった。唇を噛んでそれを耐える。


「気を付けろよー、じんたん」


 松雪のところに降りていく宿海の背中をじっと見つめる。
 二人がなにを話してるのかは聞こえなかった。ただ差し伸べられた宿海の腕を松雪は引っ張って宿海を押し倒した。久川が慌てて止めに向かおうとしたのを鶴見が引き留める。
 やっぱりつるこも好きなんだね。だからつるこは今もあいつの隣に居るんだ。
 わたしは逃げた。めんまからもゆきあつからも。
 自分の犯した罪への罰としてじゃない。ただわたしが耐えられなかっただけ。めんまへの罪悪感、ゆきあつへの想い、ゆきあつのめんまへの想い。それらが重くて重くて逃げ出した。


「俺のせいなんだっ」


 違う。違うの。わたしのせいだ。わたしが……わたしがあの時引き留めなかったから。
 宿海がなにか言ったのを聞くと松雪が静かにこっちに来た。そしてそのまま横を通り過ぎていく。鶴見になにか言ってたけどこれもやっぱり聞こえなかった。
 自然と体が動いた。寂しげなあの背中をわたしは一人追い掛けていた。


「ゆきあつ!」


 久し振りに口にしたあだ名。
 振り返ったあいつは泣いていた。


「……酷い顔」

「おまえもな。なんだ? 罵りにでもきたのか?」


 憎まれ口を叩く余裕がある訳じゃない。ただそれ以外を口にすれば足場すら崩れてしまいそうな気がするだけ。


「全然似合ってない」

「…………」

「気持ち悪い」

「…………」

「変態。女装趣味。性悪」


 思い付く限りの悪口を次々と並べていく。そんな格好してることより黙って聞いてるだけの松雪のが気持ち悪い。


「すぐにあんただってわかったよ」

「……なんで」

「ずっと見てたから。だから見間違える訳ないじゃん」


 ぎゅっと服の裾を握り締める。
 いくら逃げても忘れられなかっためんま。いくら逃げても消せなかった想い。


「わかっちゃうくらい好きなんだよ」


 過去形にできたならどれだけ楽だろう。こんなにもまだ好きだなんてわたしはどうかしてる。
 なにも言わない松雪の横を通り抜けて先へ進む。
 夏のにおいの残る山道。
 わたしはあの日から少しは前に進めただろうか。



おいてけぼりだれだ










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