溜め息を吐いた少女が静かに席を立ち上がった。それと同時にクラスメイトの視線が彼女に集中する。小声で何か話しているのを無視して廊下へと向かう。
神崎千歳。
クラスというか学年中から浮いていると言える存在。服装や生活態度は模範的な生徒ではあるが、彼女にはいい噂がない。神崎本人もその噂を否定することがないので周囲の人達は事実なのだと思い、彼女から距離を取っている。
だが、言われている本人は回りから取られている態度を少しも気にかけている様子はない。一人でいる方がいいとでも言うように生活している。
教室から出た神崎は足を怪我しているのか片足を引きずりながら歩いていた。器用に片足で階段をリズムよく降りて保健室へと入っていく。
「失礼します。湿布と包帯を貰いたいのですが」
「あら、神崎さん。また怪我したの?」
やってあげる、と保険医はソファーに座って足を出せと指示した。神崎は大人しくそこに座って、靴下を脱ぐ。左足首は真っ赤に腫れ上がっている。
保険医が“また”と口にしたように彼女は割と保健室の常連だ。貧血や病気で来るのではなく、今日のように怪我で来ることばかり。
「見た目に似合わず元気よね、神崎さんは。運動部にでも入ればいいのに」
慣れた手つきで彼女の足首に包帯を巻きながら保険医は言う。
「部活に興味はありません」
素っ気なく返す。このやり取りも毎度のことだ。
治療が終わると神崎は丁寧にお辞儀をして保健室を後にした。湿布を貼ってもまだじんじんと熱を持ったような痛みのある足を引き摺る。彼女が角を曲がろうとした時、人とぶつかった。
「あ、ごめん。大丈夫か?」
片足に重心を置いて歩いていたので神崎はぶつかった勢いでバランスを崩してしまった。ぶつかった少年は慌てて彼女に手を差し伸べる。
「……こっちこそすまない。大丈夫だ」
その手を掴むつもりはなかったが、謝罪の為に顔を上げた。そして少年の顔を見て神崎は目を丸くさせた。
「な、夏目貴志……っ」
「え?」
今度は名前を呼ばれた少年の方が目を丸くした。しまったと神崎は慌てて口を閉ざして、顔を隠しながら立ち上がった。そのまま足を引きずって走り出す。「ちょっと待って! あの足の怪我……」
逃げるようにして走り去った名前も知らない少女を見て昨晩のことを思い出す。
「どうした?」
「なあ、今の子知ってるか?」
「神崎だろ、3組の。惚れたならやめとけ。あんまいい噂聞かないんだよ」
「噂?」
一緒にいた西村の言葉に首を傾ける。彼は少しだけ声を潜めて答えた。
「神崎千歳に関わると呪われる」