月明かりが照らす中、草木を掻き分けるようにして少年は走る。その足元で猫のような狸のような生き物も短い足を懸命に動かして彼から離れないようにしていた。
ざわざわと揺れる影がどこか不穏な空気を醸し出している。
「ここまでくれば大丈夫か?」
肩で息をしながら少年は背後を見た。そこには薄暗い森が続いているだけで人影はない。ほっと彼が安堵の息を漏らすと、足に小さな衝撃を感じた。
「阿呆! お前が変なことに首を突っ込むから厄介なことになるんだ」
短い前足で少年の足をばしばしと叩きながら猫が喋った。悪かったよ、と少年は困ったような顔で猫の大きな頭を撫でる。
「……見つけた」
夜風のような声。それくらいか細く小さなものだったがはっきりと少年達の耳には届いた。
驚いて周囲を見渡すがやっぱり先程と同じように人影はない。しかし、安心は出来ないと緊張の糸を張り巡らせる。
「夏目貴志……友人帳を寄越せ!」
「うわっ」
突然襲い掛かってきた影を反射的に避ける。
「妖か?」
「大人しく友人帳を渡せ」
普通の人間には見えない妖が見える夏目貴志。彼の祖母の残した友人帳を狙ってその人ではない存在に襲われることが多い。
レイコという祖母の名ではなく自分の名を呼ばれたことに違和感を覚えながらもまたその類いかと暗闇の中に佇む影を睨む。白を基調とし、薄緑の柄が申し訳なさそうに入ったシンプルな着流しを身に纏う小柄な少女の姿。
じりじりと距離を詰めてくるそれに身の危険を感じ、心苦しいが殴って気絶させてしまおうかと拳を握りしめると横から静止の声が聞こえた。
「あいつは妖じゃないぞっ」
「え?」
どういうことだと足元の猫を見る。妖であるその猫が言うのだから嘘ではないだろう。
「猫……?」
少女の足がぴたりと止まった。面をしているのでわかりにくいがその視線は彼と話している生き物に向けられている。
「ひ、卑怯だぞっ」
彼女は後退りした。一体何が卑怯なのかはわからず夏目はぽかんとしながら少女を見つめる。すると、少女は足を縺れさせて鈍い音を立てて転んだ。
「大丈夫か?」
驚きながら夏目は彼女に駆け寄ろうとした。
「来るな!」
「でも、足捻っただろ?」
「煩い! 寄るなっ」
取り乱したように彼女は叫ぶ。夏目が近寄れば、尻餅をついた体勢のまま腕を使って後退する。さっきまでと立場が完全に逆転していた。
「きょ、今日のところは見逃してやる!」
雑魚キャラのような台詞を吐き捨てると、土を夏目達に向かって撒いた。一人と一匹が驚いている隙に彼女は暗闇の中へと姿を消す。
「なんだったんだ……?」
土のせいで痛む目を擦りながら、夏目はぽつりと呟いた。