最初は驚いた表情を見せた神崎だったが、すぐになんの用だと言いたげな目で夏目をきつく睨み付けた。
「昨日の夜、おれを狙ったのは神崎だね」
疑問系ではなく、半ば断定的な言い方を夏目はした。彼女が名前を知っていたことや足の怪我を見ればそういう結論に辿り着く。
しかし、神崎は少しも表情を変えることなく、知らないと答えた。
「夏目、もう少し聞き方があるんじゃないか?」
「そ、そうか?」
あまり口がうまい方ではないので簡潔に用件を伝えようとしたのだが、少し刺を含んだようになってたのかもしれないと田沼に指摘されて夏目は反省した。すると、がたっと大きな音が聞こえた。
「なっ」
さっきまでとは一変し顔を赤くし、口をぱくぱくとさせながら神崎が立ち上がっていた。黒い瞳には夏目と田沼の二人が映っている。
「き、貴様、昨日といい今日といい卑怯だぞっ」
悔しそうに表情を歪めている彼女を見て、昨夜も面の下ではこんな顔をしていたのだろうかと面の少女が逃げ出す直前のことを思い出した。
「あのさ、場所を変えた方がよくないか?」
数少ない図書室の利用者からの視線に気付いた田沼が提案する。言われてはっとした夏目と神崎は気まずそうな顔をした。
「他の人に聞かれても嫌だし、そうしよう。神崎も“昨日”って言ったから心当たりはあるんだろ?」
「……わかった」
勢いで口走ったことが自分を追い詰めてしまったと神崎は渋々ながらも頷いてから本を閉じた。
三人で廊下を歩いているとまだ残っていた同級生からの視線が向けられる。その中心である神崎は気にして俯くこともなく前だけを見て歩いていた。ただ足を引きずる様子は痛々しい。
「神崎、肩貸すぞ?」
「いらん」
心配して言ったが彼女は即答で断った。
そんな二人のやりとりを見て、田沼は図書室で懸命に本に手を伸ばしていた姿を思い出した。意地を張っている訳ではなく、誰かに頼るという選択肢そのものが神崎千歳という少女にはないのかもしれないとぼんやりと考えた。
「そういえばまだ名前言ってなかったよな。俺、田沼要。この間は笑って悪かったよ」
「あの時は、その……助かった」
歯切れが悪いもののお礼の言葉を述べる彼女のつむじが目に入る。夏目に対しての噛み付くような態度とは違い、どこか弱々しい。
「ああいう時はまた手伝うよ」
思わず眉が下がる。
遠目に見ていただけの時の夏目と神崎が重なった。俯きがちで他人と距離を取ろうとするのが何かを諦めているようで酷く寂しそうに映った。