田沼と短く会話してからは神崎は口を閉ざしていた。そんな彼女につられたのか夏目も田沼も無言で歩く。
ここにニャンコ先生がいたら少しは空気が軽くなっただろうか、と普段から騒がしい丸い猫を夏目は頭に浮かべた。
「ここなら静かだしいいか」
近くに人が居ないのを確認して夏目は足を止めた。
「……静か?」
馬鹿なことを言うなとばかりに顔をしかめる神崎。
旧校舎には少し離れた場所の校舎の声は届いてこない。不思議に思って耳を済ますと小さな話し声が聞こえた。旧校舎の中で影が一瞬動いて消えた。
「逃げたりしないから場所を変えてくれ」
素っ気なく#神崎#は言った。しかし、夏目は彼女の視線が一瞬田沼の方に行ったのを見逃さなかった。
「田沼、平気か?」
「……ああ、大丈夫だ」
血の気が引いた顔色に夏目は焦る。田沼が妖気にあてられやすい体質なのを忘れていた訳ではない。普段ならばこのくらい平気なのだが、さっきの影のこともあるし、この場所はそういったものが溜まりやすいのだろう。
「ありがとう、#神崎#」
「気を遣わせて悪いな」
「なんのことだ」
ふい、と顔を逸らして彼女は歩き出した。びっこを引きながらにしては歩調が早い。二人は顔を見合わせて小さく笑った。
旧校舎から少し離れた裏庭。ここにも人の姿はない。神崎は足を休めるためかベンチに腰を下ろした。
「話はなんだ?」
早く終わらせたいのか神崎が口を開いた。眉間に寄せられたシワは全く薄れない。
「昨日どうしておれを狙ったんだ?」
「理由は昨日言ったはずだ」
短く答えるが夏目の事情を察しているのか友人帳という単語は口にしない。
「そうじゃなくて……どうしてあれを狙ってるのかを聞きたいんだ」
「その問いに答えればおとなしく寄越すのか?」
「それは無理だけど力にはなれると思う」
「馬鹿か、貴様」
鼻で笑う少女は酷く冷たい目をしている。それが昔の夏目自身と重なった気がした。