大学で顔だけはいい変人がいるという噂があった。僕のひとつ上で学部も違い、接点は何一つなかった。でも、その噂が気になってその変人がよくいるという図書室まで向かった。
 利用者のあまり多くない図書室で彼女を探すのは簡単だった。机の上に本を山積みにして熱心に文字だけを追っている。時折、付箋を貼ってはまた続きを読んで開いたノートパソコンに何かを打ち込んでいた。


「重そうですね。手伝いますよ」


 大量の本を抱えて立ち上がった彼女に優しい笑顔を貼り付けて声を掛ける。間近で見た彼女は確かに整った顔をしていた。


「それは助かる。じゃあ、そこの本を研究室に運んでおいてくれるか? 私はこれをコピーしなくちゃいけないから頼んだよ」


 唖然とした。
 少しも顔を赤らめたりもせず、見ず知らずの僕に対して遠慮などなく雑用を押し付けてくるなんて予想できるはずがない。しかも、僕は彼女の抱えてる本を持つと言ったのに一番大事な部分が伝わっていない。
 大量の本を抱えたままコピー機を占領しだした彼女。変人と言われる理由が少しだけわかった気がした。


「えっと、研究室ってどこの?」

 崩れかけた笑顔を直してもう一度その背中に声を掛けると怪訝そうな顔をされた。それから何かに気付いたように彼女は口を開いた。


「君は同じ研究室の人じゃないのか。今のお願いはなかったことにしてくれるかな。同級生と勘違いして雑用を頼んでしまって悪かったね」


 軽く謝るとすぐにコピー機に向き直ってしまった。
 普通同じ研究室の生徒とそうじゃない生徒を間違えるものだろうか。この人は他人に興味がないのかもしれない。それで寄ってくる男達の心をことごとく追って変人と呼ばれるまでになったのかもと考えたら思わず笑ってしまった。


「……大丈夫かい?」


 笑い声に気付いた彼女が心配そうに僕を見た。その時初めてこの人の目に僕が映ったような気がした。


「急に笑い出すなんて君は変な奴だね」

「その台詞そのまま返しますよ」


 変人に変人と言われるとは思わなかったけど、それがまたおかしくて僕の笑いは治まらなかった。しかも、僕の笑い声に別の笑い声まで加わった。


「正面切って変と言われたのは初めてだ。やっぱり君は変な奴だな」


 笑った顔は思ってたよりずっと幼くて可愛かった。
 こんな出会い方をしてから先輩が大学を卒業した今でも僕らの関係は続いている。先輩の方から連絡してくることは未だになくて、僕が思い出したように連絡をして会ったりしている。
 どうしてあんな変人と会っているのか自分でも不思議になる。ただ自分を飾らない先輩と居るのは楽なのかもしれない。


 


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