やっぱり幻じゃなかった。
パンツスーツでかっちりときめ、パワーポイントを使いながら堂々と話す先輩。その姿は僕の全く知らない人にも見える。
すらすらといろんな言葉を話しているはずなのにそれは何一つ頭には入ってこない。昨日の会話が気になって仕方ないからだ。
どうして先輩は僕を鈍感だと言ったのか。その理由が少しも浮かばないと言えば嘘になる。考え付くものはあまりにも僕に都合のいい理由になってしまうからだ。だけど、そんなはずない。先輩が僕に向ける好意は後輩に対するものでしかない。恋愛感情はもうここにはいない人にすべて向けられている。
「何か質問などあったらどうぞ気軽に聞きにきて下さい」
軽く会釈をした先輩と目が合った。何を言うでもなく口角だけを上げて壇上から降りていった。
「やっぱ専門家は違うなぁ」
隣に居た陽日先生が感心したように呟いた。宇宙論の授業はあるけど、正直触りだけしか教えていない。追求してしまえば高校の授業では手に負えないからだ。
「陽日先生、昨日はよくも嵌めてくれましたね」
「なんのことだ?」
とぼける陽日先生に溜め息を吐く。
「あの人が来たのは本当に偶然だったんだよ。別に狙ったんじゃない。でも、折角だから仲直りっていうのか? お互いちゃんと話した方がいいと思ったんだ」
「なんですか、それ」
「おまえのこと頼まれたんだよ。自分は留学するし、嫌われてるみたいだから俺と琥太郎先生に水嶋を見ていて欲しいって」
一体そんなこといつ頼んだんだろう。
白状した陽日先生の話には驚かされた。
「ちゃんと素直になれよ?」
「……余計なお世話です」
みんなして素直になれって。簡単に出来たら苦労していない。
「あの人、すぐにアメリカに戻るらしいぞ」
このチャンス逃していいのか、と言わんばかりに僕を見る。
いいはずがない。今、何もしなければ先輩の存在は過去になって思い出になってしまう。そんな気がする。だけど、人は思い出だけじゃ生きられない。僕はそれを痛いほど理解してしまった。
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