一度屋上庭園から出て、適当に時間を潰す。やらなきゃいけないことがあるからそれは簡単だ。今までだってそうやって過ごしてきた。特技に時間を潰すことと書けるんじゃないだろうか。次回の授業の準備をしながらふと考える。
先輩も時間を潰すために研究に没頭してたんだろうか。いや、あの人は根っからの学者タイプだから違うか。好きで時間を研究に割いていた。それ以外のことには食事にさえ時間を惜しむような節があった。下手したら研究室に住み着いたかもしれない。
いまだに先輩のことばかり考えてしまう自分に嫌気がさす。こうして思い出にすがっては寂しくなる僕に先輩が居たら「だから言ったじゃないか」と笑うのだろう。
出来上がった小テストを保存して席から立ち上がる。丁度いい時間だ。
「あれ?」
携帯が点滅してることに気付く。確認すれば陽日先生からのメールだ。少し遅れる、と。自分から時間を指定したくせに。誰が来るのかも知らされてないのにその人と待ってなきゃいけないなんて気が重い。英語で話さなきゃならなかったら嫌だな。
重い足取りで屋上庭園に向かう。扉を開くと一面の星空と人影が見えた。
もう来てるなんて早いな。
「待たせてしまってすいません」
声を掛けると人影が動いた。振り返ったその人の顔が月明かりに照らされる。
「ここの教師になってたのか」
驚いて声の出ない僕に対して、少し困ったように微笑みながら口を開いた。
「久し振りだな、水嶋」
「……先輩」
アメリカに居るんじゃないのかとか色々聞きたいことはあったけど、名前を呼ばれて全部どうでもよくなった。僕のことを覚えていてくれた。そのことやまた会えたことがどうしようもなく嬉しいと思ってしまう。
でも、感情がうまく処理できていないのかそれは表情には出ていないらしい。
「そんな顔するほど会いたくなかったか? ひどいな。君が居るなんて知らなかったんだ。もう時効だと思って許してくれ」
こんなことを言わせてしまうくらい僕の言葉は先輩の中に残っている。もう二年は経つのにまだ残っていた。
「……会いたくないなんて言ってませんよ」
「私には顔も見たくないと聞こえた」
「なんでそういう時だけ鈍いんですか」
あんなの嘘に決まってるじゃないですか、と簡単な言葉が出てこない。
「人に鈍いと言う前に君は素直になる努力をすべきだ」
言葉にしなくたって先輩は見透かしてくれるじゃないか。あの時は伝わらなかったけど今度はちゃんと伝わっている。先輩が僕に素直じゃないと言う時は僕自身でも気付いてないような本心を見透かしている時だから。
以前と変わらないやり取りに安心した。先輩は先輩のままで、僕のことも忘れていなかった。置いていかれることを恐れてた自分が馬鹿みたいだ。
「それに、鈍感なのは君の方だ」
空を見上げながら先輩は呟いた。否定の言葉を発するよりも先につられて僕も空を見る。
呼吸すら忘れてしまうような美しい星空。月のいない空はいつもよりも明るい。
「先輩」
はっとして呼び掛けたけど先輩はそこにはいなかった。まるで寂しがる星が見せた幻だったかのようだ。