「水嶋が教師をやっている姿なんて正直想像出来ないな」
目の前の人物はそう言ってコーヒーを口に運ぶ。不躾な物言いに似合わず、その動作は優雅で様になっている。
「でも、少し安心したよ」
「安心? どういう意味ですか?」
「君はだらだらと学生生活を送っているようだったから、教育実習は腐りかけたその性根を叩き直すいい機会になると思ってね」
腐りかけた性根って……。
どうしてこの人はこうも失礼なんだろう。
「それで実習はどうなんだい?」
「別に普通ですよ。ああ、でも面白いものもありますね」
思い出したのは星月学園唯一の女子生徒。男共に囲まれているというのに危機感を少しも持たず、無防備に笑顔を振り撒いているお姫様だ。
「自分が守られていることにも気付いてなくて甘えっぱなしの馬鹿な子だから少しからかいたくなっちゃうんですよね」
「馬鹿なのは水嶋の方だろ」
またさらりと失礼なことを先輩は言ってのけた。しかし本人はそんな自覚はないのか気にせずに言葉を続ける。
「女の子っていうのは守られるべき存在なんだ。だから守られていることに気付いてるかどうかなんて問題じゃない。君はそんなことも知らないのかい?」
「なんですか、その理屈は」
「理屈じゃない。自然の摂理というものだ。弱いものはいつだって庇護の対象になる。鈍感であることでその子は自分自身を守っているんだろう」
それは罪ではないんだろうか。鈍感であることで相手からの想いを踏みにじる。知らず知らずに他人を傷付けるのは、僕みたいに意識的にしているよりもずっと酷いことに思える。
それが女の子だからという理由で許されるのなら、やっぱり僕は鈍感であることを責め続けるだろう。
「少し気になっていたんだけれど、君は純粋なものや綺麗なものを嫌う傾向があるのに自分からそれを求めるね」
レンズ越しに見える先輩の顔は決して僕をからかっているものではない。
「君は一体何を怖がっているんだい?」
この人は冗談を言ったりするようなタイプじゃないから本気で聞いているんだろう。
だけど僕は答えない。いや、答えられない。
先輩が言うように純粋なものも綺麗なものも嫌いだ。全部嘘臭く見えてしまうから。
僕にとって一番純粋で綺麗だった存在はもうどこにもいない。なのに、僕は探している。そんな存在を探してはやっぱりそれを信じられずに自分から捨てていく。それの繰り返しだ。
その中で何を怖がっているかなんて僕が一番知りたいよ。
「まあ、どうでもいいけれどね」
先輩の一言で現実に連れ戻される。
人の核心に触れようとしては離れていく。他人との適切な距離を知らないようで知っている。本当によくわからない変な人だ。この印象は出会った頃から少しも変わらない。