前から癖みたいなものだったけど、その時よりもずっと夜空を見上げる回数が増えた。それと同時に一人で過ごすことにも慣れていった。息苦しくなったらこうして空を見る。そうすると少しだけ胸のつっかえが取れていく気がした。
結局、僕はあの人の助言を実行している。ずっと会ってないのに影響を受け続けてるなんて皮肉な話だ。
どうせ研究室にこもりっぱなしなんだろうけど、先輩が愛した人がしていたことだからきっとしているはず。僕のことは忘れて、その人に思いを馳せながら空を見てるんだろう。
「先輩、僕は星に導いて貰えないみたいです」
どこにも行けず取り残されてしまった。同じ行為をしていても自分の道を突き進むあの人とは対照的だ。
姉さんが目指していて、先輩が僕に向いていると言ったから教師になった。女の子とふらふらしていた時よりはずっと充実しているけど、満たされないものがある。どうしたらいいかなんて知っているけど、きっともう手遅れだ。
「またここに居たのか」
屋上庭園の扉が開いたと思えば何度も耳にした台詞が聞こえた。
「なんですか、陽日先生」
実習中はよく保健室でサボっている時に言われたけど、今じゃこの場所でよく言われる。陽日先生が面倒なことを頼んでくるのは相変わらずだけど。
「いやな、これから星でも見ないかって誘いに来たんだよ」
「星見酒ですか?」
こんな風にお酒に誘ってくるとこも変わらない。
「飲みたい気持ちは山々なんだが、今日は勉強会みたいなもんだからお預けだ」
「勉強会?」
「おう。この間特別講師を呼ぶって職員会議で決まっただろ?」
そういえば海外から人を呼んで講演会をすることになってたな。
「ミゲル教授でしたっけ?」
「そうそう。だけど、予定が合わなくなっちゃったらしくて別の人が来ることになったんだ」
「別の人?」
「ミゲル教授の研究室の人だ。その人が今日来るんだよ。打合せを兼ねて星見会をしようってことになったんだ」
別に僕が行く必要はないんじゃないだろうか。思ったことをそのまま口に出せば、陽日先生はだめだの一点張り。強情と言うかなんと言うか。
「わかりましたよ。行けばいいんでしょ」
言い争っても無駄なのは付き合いの長さからわかっている。なら、さっさと折れた方が楽だ。
「水嶋ならそう言ってくれると思ってたぞ!」
「言わせるまで引く気なんてなかったくせに」
「細かいことは気にするな!」
快活に笑うと集合時間を告げて陽日先生は屋上庭園から出ていった。
どうせ人が集まらなかったから僕に声を掛けたんだろうな。星見会をどっちから提案したのかは知らないけど、その代理人が物好きっていうのだけは想像がつく。
面倒事は嫌いなんだけどなぁ。
茜色の空に溜め息が溶けた。僕の中に燻っている感情も溶けて消えてしまえばいいのに。