時間はただ過ぎていく。なんの色も持たず、記憶にも残らない。
ただ何もしないことにも耐えられなくて教職の勉強を続けている。その間に先輩には会っていない。一度星月学園に本を返しに来ていたらしいけどそれは月子ちゃんから聞いただけで僕は一瞬も姿を見ることはなかった。そのまま11月に入って先輩は既に日本から離れてしまったんだろう。
「水嶋先生!」
月子ちゃんがぱたぱたと駆け寄ってきた。相変わらず彼女は無防備で見ているこっちが大丈夫なのかと聞きたくなる。
「そんなに慌ててどうしたの? 僕に愛の告白でもする気になった?」
「変なこと言わないでくださいよ」
ぷくっと頬を膨らませて彼女はそっぽを向いたけどすぐにまた僕に視線を戻す。
「アメリカにいる友達から手紙が届いたんですけど、これ見てくださいっ」
そう言いながら見せてきたのは一枚の写真。赤い髪と目が特徴的な少年と一緒に白衣を着た何人かの大人が写っている。その中の一人を見て息を飲んだ。
「留学するっていうのは聞いてたんですけど、まさか羊くんと同じ所にいるとは思わなくて。水嶋先生は知ってましたか?」
最後に会った日と変わらない姿で先輩が写真の中で微笑んでいた。
「宇宙論の研究をしてるからね。天文学の分野の人と居ても別におかしくないんじゃない?」
「先生は連絡取ってないんですか?」
「先輩と? 別に親しかった訳でもないし一々連絡なんかしないよ」
すらすらと嘘が口から出てくる。僕が拒絶したのに連絡が取りたいだなんて言えるはずない。
こうやって写真でも先輩の元気そうな姿を見て安心しながらも、言葉に出来ない気持ちがあることを知られたくない。
「あの人がどこで何をしてようと僕には関係のないことだしね」
「……そうですか。すごく優秀な人だって羊くんが手紙で書いてました。もしかしたら、このまま向こうに残るかもしれないそうです」
「いいんじゃない? 研究にしか興味のない人だったから夢が叶ったってことだよ」
「水嶋先生は寂しくないんですか?」
「……ごめんね。これから職員会議に行かなきゃいけないんだ」
適当なことを言って、月子ちゃんの問い掛けには答えずにその場を立ち去る。
『思い出だけじゃ寂しいだけだ』
先輩と過ごした時間は意外にも沢山あって、どれも鮮明に思い出せる。それは姉さんとの思い出とも同じくらいに。
僕は今までその姉さんとの思い出さえあればいいと思っていた。それだけで生きていくには十分だと思っていた。どうしても感じてしまう寂しさは全部上辺だけの付き合いで誤魔化せるはずだった。
「……こういうことだったのか」
僕の感じる寂しさは何一つ解消されてなかった。結局先輩の言葉通りだった。思い出だけじゃ寂しさは募るばかりだ。唯一、先輩だけがその寂しさを拭ってくれていたのかもしれない。あの人と居て寂しさを感じたのは、離れてくのを知った時だけだった。
会おうと思えば会える距離に居て、連絡だって簡単に取れるのに、それが出来ないのは僕の弱さの現れだ。自分の感情を認められず、先輩を傷付けて、呆れられて……先輩のように前に進む強さを僕は持つことが出来なかった。