講堂を出た先輩を追い掛ける。
あの日、僕が向けさせてしまった背中に手を伸ばす。肩に触れ、先輩が振り返った。
「どうしたんだ?」
「先輩は僕を鈍感だと言いましたね。でも、やっぱり先輩も鈍感ですよ」
自分でも素直じゃないと思う。だけど、言葉にしてしまえばどうしても嘘っぽくなってしまいそうじゃないか。散々軽く口にしてきて、言われても正面からその言葉と向き合わなかった自分が悪いのかもしれないけど。
「……昴先輩」
驚くほど弱々しい声が出た。初めて口にした先輩の名前。
「僕は先輩を思い出にしたくありません」
肩に置いた手に力をこめる。
これが僕にとっての精一杯だ。
甘い言葉や時間を求めるでもなく、ただなんとなく先輩を求めた。最初から僕はこの変人としか言い様のない人を好きだったんだ。
「水嶋?」
僕の名前を呼ぶこの声が、僕を映すこの目が、誰よりも自分に厳しいこの人自身が好きなんだ。
先輩のきょとんとした表情が崩れる。いつものように喉の奥で笑うのではなく、声を上げて先輩は笑った。
「君にしては素直じゃないか。それは都合よく解釈していいのかな?」
笑いながらも目を潤ませてる。その意味がわからないほど鈍感じゃない。
「そう解釈して欲しいんです」
「私も君を思い出にしたくないよ。水嶋が好きだ」
ついに先輩の目から零れてしまった涙をそっと指で掬う。
涙をながしてしまう弱さが想いを伝えてくれる強さが愛しい。
言葉に出来ない代わりに先輩を抱き締める。思ってたよりも華奢で簡単に折れてしまいそうだった。