※これの続き
発車のベルが鳴って、それは走り去っていく。さよならも告げずに私はただそれを見送った。
運命は乗り換えられたのだ。一体どんな運命になったのか私が知ることはない。ただ、優しいあの子達が幸せになればいいと思った。
「君は本当にどうしようもない子だね」
あの時と同じように泣きそうな顔で微笑む男が言った。いつの間にかあの少女もどこかに行ってしまったらしい。ここに取り残されたのは私と彼だけ。
「もう電車は来ないよ」
「知ってますよ」
「知ってて乗らなかったのかい?」
「言ったじゃないですか。あなたの罰は私が受けるって」
これで罪が消えたのかは私にはわからない。結局は自己満足でしかないのだろう。
「知ってますか?」
ゆっくりと口角を上げる。
踏み出せば触れられる距離。それでも心に触れられないのは私と彼を阻むものがそこにあるから。
「私は自分の意思で列車に乗らなかったけど、そうじゃなくても乗れなかったんです。私には切符がないから」
赤い綺麗な目が見開く。私は一歩、また一歩と彼に近付いた。
怖がる必要はない。私たちを阻むものはもうなにもない。
「君は……」
手を伸ばして触れる。あの時と違ってもう冷たさは感じない。
同じ体温。同じ世界。同じ罰。全部共有して、最後には溶け合ってひとつになっちゃえばいいのに。
「君はバカな子だね」
「そうですね」
彼の手が私の手に重なる。
やっと私に触れてくれた。触れ合った部分がどうしようもなくあたたかく感じられて、視界が涙の膜で歪む。
「後悔してる?」
いつもの彼とは違う余裕のない声に必死で首を横に振った。
後悔なんて少しもしていない。それを伝えたいのに喉が震えてうまく声にならない。真っ直ぐに彼の瞳を見て声を絞り出す。
「……眞悧さん」
あまりにも頼りない声。それでもしっかりと届いたみたいで目が細められた。
「私と、アダムとイヴになりませんか?」
二人っきりのこの場所で世界を築きましょう。
罪の果実をかじって楽園から追放された最初の人間のように一から始めればいい。ここが永久の牢獄だったとしてもあなたとなら閉じ込められたままで構わない。
「シビレるねぇ。そんな殺し文句初めて聞いたよ」
「私だって初めて言いました」
「君との世界なら僕も愛せそうだ」
身体を縮めて二人でひとつの箱に入るのなら何も忘れることはないね。
そう言って私を抱き締めた。
「それなら寂しくないですね」
「そうだね。ひとつの箱に二人は狭いかもしれないけど」
「広いくらいですよ」
指と指を絡め、お互いの額をくっつけてお互いの存在を確認し合う。
私たちはここにいる。二人ぼっちの孤独は怖くはない。
箱庭の楽園 呪いに閉じ込められたまま罰を受け続けたとしてもこれ以上の幸福はない。赤い糸よりもずっと強く私たちを繋いでくれる。
溢れた感情が涙になって零れ落ちた。
運命の輪の中心で私たちは永遠にあの電車の乗客の行く末を見守るの。