宇宙人襲来という題材の小説や映画はいくつか見たことがある。その物語の結末は総じて同じだった。どんな結末だったかなんて思い出そうとせずともはっきりと覚えている。


「あなたは小説や映画は見る?」


 退屈をまぎらわすように話し掛ける。
 いつだって同じ。どちらともなくこうしてとりとめのない話を始めるのだ。


「映画はいい。特に《ビッグスナイプ》は最高だ!」


 意外な答えが返ってきた。興味がないと一蹴されると思っていたのに。
 私がそんなことを考えてる間も彼は恍惚とした表情でその映画を語る。それが妙に人間らしい。時々こんな反応を見せるから彼が宇宙人だということを忘れそうになる。


「その感情は元々あったものなの?」

「別にストックをネブレイドしなくたって感情くらい持っているさ」

「ふうん」


 美味しいとか不味いくらいの感覚だけじゃないんだ。
 人類を襲い出した彼らに対抗するために様々な研究がなされたけど、そういう面についてはデータが出されていなかった。でも、恐らく元々は人間より感情の起伏は少ないんだろう。だからこそ人を食べている。“こころ”を糧にしている。
 憶測に過ぎないけどきっとあたりだと思う。もうこの憶測を語る相手なんていないんだろうけど。


「おまえはストックのくせにおれ達より感情が乏しいな」

「気のせいよ」

「おれと普通に話してるだろ。普通のストックならそうしない」

「他にも居たかもしれないけどあなたが食べちゃったのよ」


 人類はあとどのくらい残っているのだろうか。データを更新する人達が居なくなったからもうわからない。


「ねぇ、私は人間?」

「それ以外のなんだって言うんだ?」

「質問を質問で返さないでよ」


 一言、私は人間だと肯定してほしいだけ。
 他人より少し記憶力がよかった私。一度見聞きしたものを決して忘れることがないというだけで人間扱いされなくなった。様々な文献やデータを見させられ、終いには機械ではハッキングされる可能性があるからと機密事項も覚えさせられた。お陰で最低限の人達としか交流が持てなくなり、この研究施設に閉じ込められた。
 ろくな話し相手も居ない中、使徒である彼らが地球に来た。そしてこの施設の人間は私以外全員食べられた。悲しかったけどざまあみろと黒い感情が確かにあった。私も同じ運命を辿るのに。

「おまえは他のストックより記憶も蓄積量が多いからうまそうではあるな」

「なにそれ」


 思わず笑ってしまう。
 うまそうだなんて嬉しい言葉なはずがないのに、胸の奥があたたかくなる。


「なんで笑ってるんだ?」

「私を食べたらわかるんじゃない?」

「変なやつ」


 それはあなたよ。いつまでも私を食べずに生かしてるんだもの。こうやって飽きもせずに私の話し相手になってくれてるし。私が食べられたならこの宇宙人の考えてることが少しはわかるのかしら。


「ねぇ、マズマ」

「なんだよ」

「あなたが私を食べてね」


 そして私を知って。私という人間が居たことを忘れないで。私を見付けてくれたあなたに食べられるのなら私は幸せだから。


「おまえを他のやつにやる気なんてない」

「ならよかった」


どうぞ美味しく召し上がれ


 この部屋に閉じ込められるように存在していた女。そこに飛び込んだおれ。まさに映画のワンシーンのようだった。
 ネブレイドされるストックをぼんやりと見ている姿は人形みたいだったが気紛れでこいつと話すようになって感情があるのを知った。
 こいつはおれにネブレイドされたいらしいがまだする気はない。箱庭のようなこの場所で言葉を交わすのはいい退屈凌ぎだ。他のストックと違ってこいつは面白い。


「おまえの頭の中にはクローン技術も入ってるんだろ?」

「そうね」

「それを使ってクローンを産み出そうとは思わないのか?」

「情報があっても技術がなければ意味がないわ」

「そういうもんか」


 一度見聞きしたものを忘れないというのは普通の人間にしてみたら耐えられないもののはずなのにこいつは平気な顔をしている。実際どう思ってるのかと聞けば「食べればわかるわよ」と普段と変わらない調子で返してくる。


「おまえは死にたいのか?」


 問い掛ければ間抜けな顔をしてからあいつは笑った。


「別に死にたいと考えてる訳じゃない」


 じゃあ、どうしてネブレイドされたがるのか。そう聞きたいが答えないのはわかってる。


「マズマはどうして私を食べないの?」


 聞かれて答えに詰まる。
 面白いから? 違う。そうじゃない。


「ねぇ、どうして?」

「おまえがネブレイドされたらわかるかもな」

「なにそれ」


 不服そうに口を尖らす。
 おれはきっとその答えを言わない。もし、こいつがネブレイドされたがる理由と同じだったとしたら幸せだろうか。
 幸福がなんなのかよくわからないが、おれがこいつをネブレイドしたら全部わかるのかもしれない。
 使徒と人間。
 どれだけおれ達が人間のことを知り、人間に近付こうとも同じ存在にはなり得ない。こんなパターンも映画で見た気がする。あの時は理解出来ずつまらないと吐き捨てたが今なら理解ができる。だが、映画みたいなハッピーエンドなんか現実にはない。ネブレイドしてこいつとひとつになるのがひとつのハッピーエンドだとしてもおれはそれを望まない。だからもう少しだけ。もう少しだけ結末の決まった映画のヒーローとヒロインでいさせてくれ。


いただきますはまだ言わない

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