青く暗い海底の絵へと導かれた場所はどこかおかしな美術館。アリスが迷い込んだ不思議の国でもドロシーが冒険した魔法の国でもない。震えるような恐怖と哀しみの場所。
「どうして、イヴもなまえもわたしを選んでくれないの?」
白い花弁を踏みつけながら痛みに耐えるような声で彼女は問う。痛いのは私の方なんだけどな。踏みつけられた白が黒くなっている。
「メアリー、あなたのことは好きよ」
「なら……っ」
「でも、あっちの世界の居場所をあげることはできない」
心臓に爪を立てられたような痛み。このまま死んでしまうんじゃないかしら。
「あなたは絵だもの。どんなに感情や意思を持とうと人にはなれない」
「そんなことない! あっちの世界で生きていける!」
「生きてくことはできるかもしれないけど、その為に他の誰かを犠牲にするなんて許されないっ」
傷付いた顔をしたメアリーは本物の人間となんにも変わらない。
こうやって他の人の望みを犠牲にして自分の望みを優先している私は残酷だろう。許されるなんて思っていない。だけど、この罪を背負うのは私でいい。イヴにもギャリーにもメアリーにだって背負わせてはいけない。
「なまえなんて……なまえなんて大キライ!」
軽く浮かされた足が力一杯バラを踏む。地面に擦り付けるように、原型なんて残さないように。
ぐしゃり、と私の中で何かが潰れたような破裂したような感覚が襲う。
「それでいいよ」
私を許さないで。嫌って憎んで欲しい。
血の気が引いてくのがわかる。表情が固まってしまう前に私はゆるく笑みを作る。
ゲルテナは確立された世界を持っていた。その世界を形にし、彼は作品に命を授けるほどの想いを込めた。彼の亡き今、作品達は孤独に生きる。
「……早く二人のところに」
「なまえ?」
「メアリー、」
生きて。
その言葉を紡ぐことは出来なかった。
彼女達を孤独にしたゲルテナの罪を彼の血を引く私が背負い、償うのは当然のことだ。なにより、ゲルテナほどではないだろうけど私は彼女達を愛している。美しく、どこか歪んだ彼女達を。
この世界に魅入られた私に相応しい最後だ。
正しい愛し方を知らない
極彩色の中で青白い女が穏やかな笑みを浮かべて眠る絵。それを見て一人の少女が涙を流した。
「……キライなんてうそだよ」
隣で心配そうにする黒髪の少女の手をぎゅっと握ってそう呟いた。その言葉は絵画には届かない。絵の女はただ静かに微笑み続ける。