錆び付いているからか少し重い扉を開く。その瞬間、強い風が吹き込んできた。屋上から見る空は地べたから見るよりも近く感じられて眩しい。
「今頃何をしてるんでしょうね」
青に蒼を重ねて思いを巡らす。
しかし、屋上が解放されていてよかった。やっぱり学校というものは窮屈で仕方がない。鍵が掛かっていたらうっかり壊してしまう所だった。トラブルメーカーではないと言った手前、そういう行動は避けておきたい。
「……退屈だ」
退屈は人をも殺すとはよく言ったものだ。
これじゃあ京都を出てここまで来た意味がない。こっちじゃなく、長崎を選ぶべきだったか。
いや、結局何処を選んだとしても私には介入の余地はない。部外者は物語を語ることすら許されない。語り部は傍観者だけで十分だ。
感傷にも近い思考に浸っているとポケットに入れていた携帯がけたたましく鳴った。初期設定のままの機械音は酷く不快だが変える気にもならない。
見たことのない数列が並ぶディスプレイ。相手が予想できないままそれに出る。
「もしもし」
「あ、有無?」
喋ること、いや呼吸することすらダルそうな声が鼓膜を震わせる。
「この声はいっくんじゃないですか! 本当に連絡をくれるなんて嬉しくて泣いてしまいそうです。ああ、初電話ということで録音した方がいいかもしれませんね」
「切ってもいいかな?」
「録音はお気に召しませんか? いっくんがそう言うならば従いましょう」
久し振りに聞くいっくんの声に思わずテンションが上がったが、ここで会話を終了されてしまったら寂しい。こうして話すのは京都を出たあの日以来か。
「私に電話してくるなんてどうしたんですか?」
番号を教えてきたはいいけれど彼から連絡してくるとは思っていなかった。何か問題でもあったのかもしれないが、そこで彼が私を頼るというのはイメージ出来ない。
「ただの暇潰しだよ。用があった訳じゃない」
「そうですか。私なんかでいっくんの暇を潰せるのなら光栄ですゆ」
小さく笑えば溜め息に似た吐息が聞こえた。
暇を暇としない彼が暇だなんて珍しい。基本的に彼が居る場所では何かが起きる。トラブルメーカーの名に恥じない事件誘発体質の持ち主だ。そんないっくんが暇だなんて軽い事件なんかじゃもう彼は動揺しないということだろうか。
「何か失礼なこと考えてないか?」
「まさか! 私がいっくんを貶すようなこと考える訳ないじゃないですか。いつだっていっくんのいいところを語り尽くせるような状態なんですから」
「……」
「三点リーダーの返答だなんて、もう言葉など用いなくても以心伝心ということですね」
「呆れて言葉が出ないだけだよ」
今度は本気で溜め息を吐かれた。
本当に楽しい。彼は私の退屈を一瞬にして吹き飛ばしてくれる。これだからいっくんが好きなんですよ。
「ふふ、大好きですよ」
「僕は嫌いだよ」
「照れ屋さんですね」
嫌いだと口にしてくれる所も好き。嫌いな癖になんだかんだで相手をしてくれる所も、全て好き。彼女が彼を愛している限り私も彼の全てを愛するんだろう。
「ところで、番号が固定電話ですけど」
「今、ちょっと旅行中でね。携帯電話は家に置いてきた」
私はツッコミを期待されているんだろうか……。
でも、いっくんが旅行だなんて珍しいこともあるもんだ。槍が降ってくるかもしれない。
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