見上げた空は青くて、愛しい愛しい蒼を連想させた。
 目蓋を閉じてその蒼の姿を追い掛ける。もう手の届かない彼女。彼女はもう私を必要とはしない。


「お早う御座います」


 アパートからふらりと出てきた無表情の青年に軽く手を振る。その瞬間、彼の眉間に皺が寄ったのを見逃さなかった。


「あからさまに嫌そうな顔をしましたね。好い加減私に対する苦手意識を克服して下さいよ、いっくん」


 彼が帰ってきてから、彼の代替品であった私達が不要になってから一体どれくらい経っただろう。大分経った気がするけれど実際はあまり経っていない。


「このキャラがいけないんですか? なら仕方ありませんね」


 一言も喋ろうとしない彼は相変わらず怪訝そうに私を見ている。そんないっくんに私なりに精一杯の無邪気な笑顔を向ける。


「いーお兄ちゃん! あんまり冷たくされると有無哀しい……」


 ピシリ、と固まるいっくんの胸にぴったりともたれ掛りながら上目遣いで顔を見る。でも、すぐに彼は後ずさった。


「流石にそれは無理があると思うよ」

「いっくんの好みに合わせて妹キャラにしたのに」

「同い年の人にやられてもドン引きだよ」


 死んだ魚のように濁った瞳が更に濁る。
 不評ではあったが彼がようやく口を開いてくれたからよしとしよう。


「つれないですねぇ」

「本当、そういうのやめてくれないか」

「妹キャラですか?」

「違う」


 わざと違うことを言ったけどご丁寧にいっくんは否定してくれる。


「ぼくのことが嫌いなのは構わない。だから、わざわざ突っかかってくるなよ」

「心外です。いっくんのことこんなにも好きだと表現しているのに」

「戯言だ」


 鋭いんだか鈍いんだか。
 別に嫌いではない。彼のお陰で彼女は幸せそうに笑う。私達が不要になったのは仕方のないことだと理解している。


「それより、今日はいっくんに挨拶しに来たんですよ」

「挨拶?」

「そう、お別れの挨拶です」


 首を傾げているいっくんに告げる。

 日向から日陰に移動するといっくんがわざわざ缶ジュースを買ってきてくれた。それを受け取ってプルを開けると気の抜ける音がした。


「京都を出るって旅行とか?」

「そんな感じですかね。ここに居る意味がなくなってしまいましたから」


 自分探しの旅にでも出ようかと思って、と冗談を言えば冷やかな視線を送られた。


「《チーム》と言えばいっくんも解りますよね?」

「一応」

「それが解散してから私はやることがなくなってしまったんですよ。フリーのプログラマーはやってますけどその仕事はどこでも出来ますし。要は退屈なので刺激を求めようと思ったんです」


 正直に話せば今度は気まずそうな顔をされた。彼は意外に表情豊かだよななんて関係のないことを考えてしまう。
 いっくんからしてみればこんな話は聞きたくないだろう。いっくんが帰ってきたから私達は解散したのだから。なのにそれを話すのはささやかな嫌がらせなのかもしれない。


「わざわざ他の所に行かなくてもぼくみたいに大学にでも通えば?」

「学校ってものが苦手なんですよ」


 中学校に通っていたが結局顔を出したのは本当に数回だけだ。義務教育というお陰で卒業はしたことになっているんじゃないだろうか。


「玖渚には?」

「言ってませんよ。いっくんに言えばいつか私の知り合い全員に伝わりそうな気がしますから」


 半分本心、半分嘘。
 友に直接伝えたくないのだ。だって、友に会ってしまったら声を聞いてしまったら私はやっぱり此処から離れることが出来なくなる。そして必要とされない自分に絶望してしまう。だから、自分から言いには行かない。後ろめたさはあるけれど仕方ないのだと言い聞かせる。




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