いっくんとの素敵なお喋りも終わり、本当にやることがなくなった。そろそろ本来の目的である綱吉くんでも見に行くべきか。
携帯をしまって重い腰をあげた時、私が開けた時同様錆び付いた音をさせて屋上の扉が開いた。
「君、もう授業始まってるけど」
学ランを肩にかけた黒髪の少年が鋭い視線を私に向ける。
ここの制服はブレザーだったはずだ。学年が違うと制服も違ったりするものなんだろうか。
「すみません、気付きませんでした」
すぐに教室に戻ります、と事を荒立てない為に軽く頭を下げた。その瞬間、空気を切り裂く音がして反射的に後退した。
「ワオ、避けられるとは思わなかったよ」
「あてる気満々ですか……」
普通女子生徒に向かっていきなりトンファーで殴り掛かってくるものなのだろうか。最近の中学生は怖い。
肩に掛かった学ランの腕章に風紀とかかれてるけど風紀を暴力で正そうとするのは理不尽だろう。力で相手を服従させるっていうのが間違いだとは言わないがここは普通の中学校のはずだ。
「君、おもしろいね」
新しい玩具を見つけたように私を見ないで貰いたい。
そういえば、何処かで見た気がすると思ったけど彼は六道くんの相手をしていた子だ。つまり、骨が何本か折れてたはず。なのにさっきみたいな動きをするとか尋常じゃない。
「あの、教室に戻りたいんですが」
「サボりが見付かって無事に戻れると思ってるの?」
トンファーを構え直した彼はさっきよりも速い動きで殴り掛かってきた。一応手加減はされてたのか。
容赦ない攻撃に頬をひきつらせながらもそれをかわしていく。
「私、平和主義者なんですけど」
「じゃあ、大人しく噛み殺されなよ」
「勘弁して下さい」
学ランを見るとどうも中学時代の人識くんを思い出す。教室で会ったのは一回きりだったけど。
それにしてもやりにくい。中学生を殴るのに抵抗がある訳ではない。中途半端に実力がある相手だと加減がわからないから嫌なんだ。しかも、私は相変わらず曲弦糸というか糸しか持っていないのに。
「考え事なんて余裕だね」
「かなり一杯一杯ですよ」
乾いた笑いが漏れる。
一発殴られたら帰ってくれるだろうか。あんまり痛いのは好きじゃないけど、これ以上面倒なことになるのは避けたい。
意を決して避けるのをやめて相手がトンファーを私に向けるタイミングを計る。その動きに合わせて力の掛かる方向へと体を飛ばした。
「……痛い」
微妙にタイミングがズレたせいで攻撃はかする程度だったけどあたってしまった。これだから慣れないことをするのは嫌だ。
瞳に涙を浮かべて彼を見上げれば眉を潜めている。
「君、わざと当たったでしょ」
「そんなことありません」
「ふうん」
つかつかと倒れる私に近付いてくる。
「クラスと名前は?」
「え?」
「クラスと名前は?」
繰り返さなくてもわかってますよ、と言いたくなった。ただ聞かれてもこの学校の生徒じゃないから困ってるだけだ。
学校なんてやっぱり来るものじゃない。大抵いいことなんてないんだから。
「聞いてるの?」
「聞いてますよ」
「じゃあ、答えて」
固く冷たい物が首筋にあたる。
視線だけを動かせば銀色のトンファーが見えた。か弱い女をまだ殴る気なのか。
ごめんなさい、綱吉くん。問題を起こすことになりました。
心の中で綱吉くんに謝ってから私にトンファーを向けている少年を思い切り殴り付けた。しかも、折れてるであろう肋を狙って。
「私、ここの生徒じゃないんです。だから答えられません」
殴られた箇所を抑え、痛みに表情を歪める少年に笑顔で告げて屋上から飛び出した。
くっつきかけた骨に更に負担をかけてしまったことは申し訳ないけど逃げる為なので許して欲しい。六道くんの所で見た限りそこまで弱い人ではないだろうからあの程度なら平気なはずだ。取り合えず、ごめんなさいと心の中で今度は彼に向かって謝っておいた。
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